35
帰ってきて数日後。
オレはクラーク教授に挨拶をすませた。
「現地はどうだった?」という問いに「酷い生活でした」と答えたらクラーク教授は笑っていた。
おそらく教授はジンと一緒に仕事をしたことがあるのだろう。
ジンから少し教授の過去の事を聞いた。
「ウィリーにはゾルディックだとばらすな」という忠告と供に。
もとよりばらすつもりはなかったのだが、有難く受取ってある。
ジンはオレだけではなく、クラーク教授とも友人だ。その人の台詞なのだから、きっと正しいのだろう。
挨拶を終え、待望の神字の研究へと戻る。
いまいち例のセキュリティシステムの組み上げが上手くいかない。
やはり1年以上効果を持たせ続けるのは難しいのか? それとも神字が組み込んである事を隠さずそのまま見せるか。
もう少し考えて上手くいかなかったら、どっちかを諦めるか。
簡単なものにしてしまっては、せっかくのチャレンジの格が下がってしまう気がする。
どうにも上手くいかない場合だけにしようとぺらぺらと辞書をめくる。
ゴトーとともに、プログラムを覚えて言ったあの頃みたいで、少し楽しい。
残りの長期連休はそうして、神字の研究室に通い続けた。
時々エドも来ていて、カイトたちのお誘いでいった遺跡の話を始終聞きたがったが、正直はなせるネタは少なくて困ってしまった。
実際遺跡に顔を出したのは1日だけで、あとは何もない掘っ立て小屋で、文明の力を取り戻す作業に必死だったのだ。
本当に何しにいったのやら。
加えて、ハンターも真っ青な場所に行った。という件も隠しておき、毎朝ジンとカイトとの組み手の話も出来るわけもなく。
サバイバルの生活に必死だったとぐらいしか、いえなかったのだった。
後は、途中ジンさんから手紙が来た。
中には「好きに使え。気が向いたらまた来い。楽しみにしている」というサラリとした内容の手紙と、神字がびっちりとかかれた紙。
すぐに自分の目的の神字と重なる部分を見つけ出し、それによりシステムの組み上げは一気にはかどった。
そして、長期連休は終わる。
36
「休みとかあっという間すぎる! もっとオレに休みを!!!!」
いつもの研究室。
休みも明け、和やかな一日。
特に今日は研究テーマよりも、休みの宿題の追い込みなのか、ケリーとゼルはそれぞれミナセとエドにご教授を頂きながら、質問をといている。
ゼルはバイトが途中からなくなったから、時間があったんじゃないのか? という突っ込みに対して、
「そう思って余裕こいていたら、やりそびれた」と言っている。自業自得だ。
「本当に休みなんて早いよね。でもこうやってみんなで和気藹々とまた集まれてよかった」
ケリーがほんわかとエドを見て言葉をつむぐ。
「そうだな。オレ連絡もらったとき、エドは死んだんじゃないかと、マジで肝が冷えたぜ」
ゼルがそれに続いて同意する。
ケリーもミナセも。みんな幻影旅団が襲撃した件について知っている。
あの時エドがバイトが入っていたことも、運よく散歩をしていて逃れた事も。
実際はオレが逃がしたのだが、エドはそれを口にしていない。
エドはちらりとこちらをみて、すぐに視線を戻し「そうだね」とうなづいている。
口は堅いが、わかりやすい男である。
だけど誰も、オレが関わったと想像がつくわけがない。そのまま何もなく次の話へと流れていく。
何気ない穏やかな午後だ。
会話の内容なんてたいして重要なものではなく、休みの間に何をやったか。
そういうコトで過ぎていく。
エドは
「バイトがなくなった後暇だったから、本を読んでいたよ。特にコレといって何もないや」
神字の研究室にかなり来ていたから、確かにそうかもしれない。
「あんな事があったら、やる気とか失うかもしれないな」
と変に理解を受けていた。
ゼルは
「ナンパ三昧だったぜっ! 幸い途中で事件はおきてバイトはなくなったけどさ、その分女の子と遊べたかな。お金は大分たまっていたし」
それで彼女は出来たのか?
という問いに
「1人の女に絞れと? オレには絞る事はできないっ!」
「素直に失敗したといいなさいよ」
「うぐぐ」
ということらしい。
ミナセは
「早めにやる事は終わらせて、図書館に行ったりショッピングに行ったりしたわね。時々ケリーのカフェにいって本も読んでいたわ」
「ミナセちゃん、イケメンさんにお会いする事出来たのよね」
ケリーが合いの手を打つ。
イケメンというのは、よくケリーがミーハーしているカフェに来る客のことだろう。
エドが感想を聞くと
「確かにいい男だったわね。クール系というのかしら。それでいて影や裏があってもおかしくなさそうね。あ、後弟さんがいるらしいけど。まあ、私は見ているだけでいいからどうでもいいわ」
イケメンはすべての女子においてのミーハー対象ではないらしい。
ケリーは
「カフェのバイトとー、うーん。ミナセちゃんと遊ぶのと、後は家族と旅行に行ったかな。パドキア共和国! 伝説の暗殺一家の家の門見てきたよ!」
とても嬉しそうに語るケリー。オレは思わず苦笑してしまう。
伝説の暗殺一家とは、言うまでもない。ゾルディック、我が家の事だろう。
観光バスの中で聞いたと、5人兄弟で、みんな殺し屋で。と物知り顔で語っている。
周りの皆も、「そうなんだ」とうなづいているのを見て、内心で笑ってしまう。
「そういえば、ラクルはパドキア共和国出身だったよな」
と話題を振られ、オレに視線が集まる。
「じゃあ、ラクル君もあの正門見た? すっごくでっかいの! 黄泉の扉って呼ばれているって聞いて思わず納得しちゃったよ」
「見たことあるよ。入ったことも、ね」
「ええええええっ! すごい!!!」
「ラクルが冗談言うなんてめずらしいな」
「信じちゃったよー」
「ケリーは何でも人のこと信じすぎよ」
くすくすと、笑いが広がる。
もちろん冗談ではなく、本当のことだ。オレ自身がゾルディックだし。
とはいえ否定もせず、肯定もせず。冗談のまま流しておく。
「後はイケメンさんと何回かお話しちゃった」
と嬉しそうに話すケリー。
どうやら研究室の中では一番彼女が充実した連休を送れたようである。
37
「クロロ、ちょっと聞きたいんだけど」
ほぼ習慣となりつつある“刺激のある食事”と食後のコーヒー。
自分の家(マンション隣)があるのだから、そちらで事をすませばいいのに、彼いりびたる。
曰く蜘蛛のメンバーの誰かと一緒に居る事が多いから、オレが居てもきにならないとのこと。むしろ、あいつらのように過保護じゃなく、コーヒーもうまいから気に入っている、だそうだ。
迷惑極まりない。
まあ、本を与えていれば石像みたいなものだし、実際オレのサイドでも気にならない。ただ、1室がほぼクロロの本で埋まっている事以外は……。
さておき。
いつものコーヒータイムの時。クロロが本に手を伸ばして彫像となる手前に、オレはそう質問をしたのである。
「この先1ヶ月ぐらい、旅団での活動予定ある?」
「特には予定していないが。何かあるのか?」
「ちょっとシャルが1ヶ月ぐらい機能しなくなる可能性があるからさ」
ふくくくく
思わず笑いがこみ上げる。
そう。とうとう出来たのだ! シャルにお灸をすえるべく作り出した、神字利用で作ったセキュリティシステム!
苦労はしていたのだが、ジンさんが送ってくれた紙のおかげで一気に研究ははかどり、そして成功へとこぎつけた。
効果としては、“セキュリティ解除に失敗した場合、その時に持っている電気機器すべてを破壊する”というもの。セキュリティ解除に何を使うかは分からないが、シャルナークなら確実に携帯電話は持ち歩いている。
アレは彼にとって特別なものだ。肌身離さず持っているだろう。
もしシャルナークが性懲りもなく、またオレの部屋にやってきたとき。オレの仕返しが火を噴くのだ!!!
今まで繰り返し行われた、攻防の数々!
まず普通の鍵じゃ役に立たないし、苦労して備え付けても、すぐに対策を練ってやってくる。
もはや楽しんでやっていないか?
と疑問になってくる。
オレがアイジエン大陸に行っていた時なんかは、完全にしてやられた。
仕掛けは全部はずされ、部屋の中まで入られていたのだ。パソコンのパスワードも見事はずされていて、悔しかった。
まあ仕事用やメインは全部パドキアに送った後だったから、大した被害はなかったのだが。
それでも! 突破されたのは悔しい。シャルよりこのジャンルは詳しいと思っていただけに!
そして現在進行形で続いている弊害はある。パドキアからパソコンを送ったまままだこちらに送り返していない。
前のセキュリティと同程度しか準備できなかったのだ。
だけど。
それもここまでだ! シャルナーク!
この神字セキュリティにかかれば、もう君の進入は怖くはない! しかも一度失敗すれば、そうそう再チャレンジできないという仕置きつきだ。
「何かやるのか?」
「今までの仕返し? ふくくくく」
「ほどほどにしておけよ」
クロロのあきれ声。だが止める事はない。
連休中に突破されて悔しい思いを散々愚痴った成果? なのかもしれないが。
しかし! 旅団の活動もなく、クロロの許可も得られた。
これでかつる!
オレはうきうきと設置をしたのである。
38
おや。
ぱかりと蓋をあけて気がつく。
豆が残り少ない。
そういえば最近ゴトーを見ていない。忙しいのかな?
のこった豆を全部ミルにつっこみ、ガリガリと回し考える。
なんだかんだとコーヒーは毎日飲んでいる。ゴトーも多めに持ってきてくれているが、シャルも時々来て飲んでいっているのは誤算だったのだろう。
オレも誤算だったけど。
前は仕事もあって1人のときもあったけど、最近あいつら、さぼっていて仕事していない。豆の消費量も増えていて当然だ。
まあ、世間的にはサボっていたほうがいいのだろうけど。
むしろ仕事熱心な盗賊って存在するのか?
後で毒の量も確認して、少なかったら合わせて送ってもらわないといけないな。
当分は紅茶で過ごすとして。
……クロロ納得するか?
オレは紅茶も好きだが、クロロはコーヒーの方が圧倒的に好きだ。むしろ紅茶だといらないと言い出す可能性もあった。
しかし下手なコーヒーだしても、ヘソを曲げるのがオチである。
曲げさせておいてもかまわないといえば、かまわないのだが……。
少し悩むのだが、ケリーのカフェの事を思い出し、拍手を打つ。あのコーヒーは文句なしにおいしかった。豆販売していなくとも、頼み込めば多少の融通はしてもらえるだろう。
下手な豆を買うより確実に思えた。
神字の研究室を少し早めに切り上げて、帰りにカフェへとより、お目当てのコーヒー豆を仕入れる。
幸い豆販売もしており、すんなりと購入。
ケリーはバイトで入っていたが、前のような驚き方をされることもなく、天然は相変わらずだったが、慣れた様子で仕事をこなしていた。
少し会話して、コーヒーを飲んで帰宅した。
「味が違う」
その日の食後のコーヒーで、予想通りに指摘してくるクロロ。
やっぱり気がついた。と予測ずみの行動だ。
「豆が切れちゃってね。近くのカフェで豆購入してきたのさ。気にいらないようなら紅茶入れるけど?」
がさがさと戸棚の中をさぐる。
紅茶なんてこっちに来てから飲むことなかったので、はたして本当にあるのか。少々疑問なところである。
「いやかまわん」
……それじゃ指摘しなくてもいいのに。こだわり派めっ
やれやれと、自分の分もカップに注ぐ。
近くにある椅子に座り、自分も飲んでみるがおいしく入っている。
豆が同じで、きちんと手順を踏んで入れているだけあって、カフェで飲んだコーヒーと同じ味。
ちょっと嬉しくなる。
「XXXの付近にあるカフェのコーヒーと同じ味だな」
「は?」
「違うのか?」
XXXの付近のカフェ。まさにケリーのバイト先である。
「……違わない。っていうかクロロそこのカフェしってたの?」
「この近所で旨いコーヒーはあそこだけだからな。時々行っている。前にシャルとも行った事あるな」
確かにあの店のコーヒーは旨い。このあたりであのレベルの店はない。
だがそこまで近いわけではないので、クロロも知っていて行った事あるなんて思わなかった。
それにしてもクロロが来店していれば、イケメンさんだとケリーが喜んでいそうだが……。
――――あれ?
そういえば。
ケリーの台詞。
イケメンが2回目の来店をはたして喜んでいたのは、オレが通いだしてすぐのことじゃなかったか?
その後チョコチョコ現れるようになって……。
さらにクロロが仕事で居なくなっているときに、ケリーのバイト先にいって「最近イケメンさんがこない」という台詞を聞かなかったか?
最近、イケメンに弟がいるとか……。
――――――クロロ、おまえかあああっ!!!!
それじゃ、タイプの違うイケメンはシャルナークのことだな。アイツも一応、性格はともかく見た目はイケメンには違いない!
な、なんて世界が狭すぎるんだ!
イケメンと称される人間なんて山ほどいる。ここはヨークシンだ。人も多い。必然的にイケメンも多い。
だからまさか、彼女らの指し示すイケメンなる男が、この危険人物だなんて毛頭思わなかったわけである。
「そういえば、弟が居ると話したら興味をもっていたな。今度一緒にいくか?」
「全力で拒否する!!!」
引っ越してきてすでに4ヶ月強。ようやく分かった事実であった。
39
研究室でいつも聞く会話。
はぁ。
と溜息をつく。
ケリーのイケメンと言う言葉につい反応してしまった自分がにくい。
なんてことはない来店を喜んで妄想をまきちらしている、いつもの光景だ。
とりあえず自分がクロロの弟だと名乗り出る気は、欠片ほどにもない。むしろアイツを兄だと思っていない。
オレの兄はイルミだけだ。
そうじゃなくても、彼がやたら対面よく話している姿は、正直見ていて虫唾が走るというか、脱力を促すというか。
逆に本性見せればいいのかというと、それもまた問題で。
赤の他人を装いたい! と言うのが正直なところ。
自分でも酷いと思うけど、この学園生活をとりあえず波風たてずに過ごし、神字を覚えるという目的のためには一秒でも長くごまかすに越した事はないのである。
ちなみに、イルミだったら普通に兄だと紹介する。
この差は仕方ない。
「何溜息ついているだい?」
目ざとくというか、あの事件以後、やたらとオレを気にかけるエドが声をかけてくる。
研究室の片隅で本を広げるオレの前、椅子を動かしてぽてっと座る。
そういえばこの問題もあったと、見えない溜息。
「昨日家に帰ってちょっとあっただけ。というかエド、オレを気にするのはやめてくれる?」
「気のせいだといって通じる?」
「無理」
「やっぱり?」
彼は、ハハハハ と軽く笑う。
「なんかラクルのことが気になって。あ、へんな意味じゃなくて、秘密が多くて、人と壁を作っていて、自分のことはぜんぜん話さない」
「人の隠していることを暴こうとするのは、趣味がいいとは言えないよ」
「その人を知ることにより、友情は築かれると思わない? 本当の秘密を暴こうっていうわけじゃないんだ。家族や特技や、考えている事。そういうのを知りたいと思ってね。君が来てもう大分立つのに、オレは君の事を何も知らない。ちゃんと友達になりたいんだ」
難しいことを言う。
家族はパドキア共和国のククルーマウンテンの頂上に住んでいて、得意な事はハッキングとでも言えと。
知ることにより、確かに壁は薄くなる?
オレのことを知られたら薄くなるどころか、その先に待っているのはこの関係が終了するだけだ。
「残念ながら、エド。オレは君の事を友達だと思ったことはないよ」
そう、本心を告げると、
エドは少し悲しい顔をして、「そうか」と残して席を立った。
40
余計なお世話だったのかもしれない。
そう少々の落ち込みを伴って、学園帰りバスの到来を待っていた。
「よう。エド」
呼ぶ声で振り向くと、仲のいい友達のゼルが居る。
「どうした? 気のぬけた顔してよ」
僕も、ゼルも自宅は近くない。いつもバスを利用しているのだが、同じ方向だ。こうやって顔を合わすことも珍しくない。
加えて、学年こそ違うが同い年だ。いつも気軽に話すことの出来る友達。
「ちょっとね、ラクルに友達だと思ったことがない。と言われてショック受けてた。僕は彼とは友達だと思っていたからさ……」
「あー、あいつな。あまりオレ達と関わろうとしない様にしているからなぁ」
隣にたち、バスを待ちながらボリボリと頭をかいている。ゼルもラクルがオレ達と故意に距離をとろうとわかっているようだ。
「しかしよ、誰でも仲良くしようっていうのが、エドのいいところだって分かっているけど、お前がそこまで執着するのも珍しくね?」
「そんなに執着しているように見える?」
「思い切り」
「うーん、やっぱりか」
自覚はあるだけに、言い返せない。
きっかけはあの夜から。
もとより不思議な存在だったけれど、ここまで気になるようになったのはアレが始まりだ。
「…………彼に助けられたんだよね。
僕としては素直にありがとう、って言いたいじゃないか。
だけど、肝心のラクルは「何で助けたんだか自分で分からない」って言うんだ。そういわれたら、ありがとうって言えないだろ? 結局言うことができなくて、そのまんま。
だからさ、彼が何を考えて、悩んでいるのか知ってさ。問題解決してやって。その果てに、お礼言えたらいいなって。思っちゃうわけ」
「エドらしい……とは思うけど、それおせっかいって言われてもおかしくないべ?」
「うん。僕もそう思う。だから、今日こんな風に言われたんだと思う。
だけどさ、ラクルってさ。単純に人との付き合い方が分からない。ってだけだと思うんだ。面倒だから距離をとる、傷つきたくないから壁を張る。
そんなの僕には必要ない。って状態を目指して、まずは敵を知ろうと思っているんだけど――――。
――はぁ、先は長そう」
自分で言ってまたしょんぼりとしてしまう。
彼を見て知ろうと思うけれど、なかなか隙はないし、進んで話すこともしない。逆に見ていることによって、壁が高くなってしまったような気がする。
「エドは直接的すぎるんだって。引かれても仕方ないぜ?
知る方法なんて色々とある。例えば、クラーク教授に聞いてみるとか。オレらの研究室誰でも入れないだろ?」
確かにそうだ。叔父であるウィリー=クラークは、あまり研究室に人を入れたがらない。面接や試験などをして、希望者を振るい落とすのだ。
だからこそ4人という少なさ。
加えてゼルの知らないところであるが、神字の研究室にも出入りをしている。叔父が何かを知っている可能性は多々あった。
そういえば。
休み中に、神字の価値についてラクルと話したとき、ラクルと叔父は共通して持っている条件について話したことがある。
確かに叔父に聞けば何かわかるかもしれない。
「ありがとう! 早速教授に相談してみる!」
「がんばれよ。オレはそこまで頑張る気力はねーからな。去るものは追わず、それがオレの信条よ。
ま、協力はやぶさかではない」
その後もバスが来るまで、ゼルといろいろな手を考え話していた。
その日のうちに早速叔父の家にたちよった。
叔父の家はわりと近くにある。幸い叔父は家におり、話をする事ができた。
期待にくらべ、成果は少ない。
叔父もラクルのことは額面どおりのこと、そして神字を習いたいというコトしかしらなかったのである。
じゃあと、違うことを質問してみる、
「神字を理解するための、ラクルと叔父さんは持っている、だけど僕にはないものってなに?」
と。
叔父はその質問には、苦渋の表情を浮かべた。
知らなくてもいいと最初は言い続けていたが、僕も神字を習っている。今後も覚えるつもりがある。という意思表示と引き換えに、叔父はしぶしぶと教えてくれた。「念」という存在を。
正直オーラなんて眉唾で、超能力と同じぐらいの胡散臭さを感じたが、実演をみて信じざるを得なかった。
「これ、ラクルも……使える?」
「彼は私よりも、もっと綺麗に念を使いこなすじゃろうな」
叔父の実演。
紙が花瓶を切り裂き、手を置いただけで、テーブルにヒビが入る。
それだけでも仰天し、畏怖しそうになったのに、それよりも更に上?
正直驚いた。
不器用なところはあるが、自分と変わらない学生だと思っていた。だけど、彼はただの学生ではなかった、こんな人と一歩離れた真似ができるとは!
そして念についての話は続く。
プロハンターや、天空闘技場の200階以上の闘士など、限られた人間しかその存在を知らず、覚える事もない。
そして絶大な力を持つことができるが、危険ゆえに秘匿されていると。
「この念というのは、適正こそあるものの、誰にでも使える可能性のあるものじゃ。ただし習得やうまく使いこなすまでに時間がかかる。神字はな、この念の力を補強する事ができる模様なのじゃよ」
ラクルは神字がメインだと言っていた。
彼は本当に念というものを使う存在なんだな。
叔父は念の習得方法を教えてくれる。瞑想や禅で自分のオーラを感じ取るのだという。
正直、自分に出来るとは思えない、気が遠くなる作業だった。
41
ゴトーは忙しいらしく、こちらに来られないということで、ゾルディックの執事の1人カナリアという子がこちらに来る事になった。
といっても、ヨークシンの空港までで、仮宿まで来るわけじゃない。
空港で買い物袋サイズのバッグを受取り、別れる。
中身はゾルディック産の毒各種と、コーヒー豆。他はゴトーが適当にみつくろったこまごましたもの。
コーヒー豆はともかく、毒は実家から送ってもらうしかない。
有難く受取り、カナリアと別れた。
流石に遠くまで出かけたから遅くなった。
休日だったが、空港は仮宿から離れた場所にある。公共機関に乗り継いでいくとそれなりの時間は取られてしまう。
加えてカナリアの到着時間が午後だったのもあって、帰宅したのはすでに夜。
クロロには今日は遅くなるから、外食しておけ。と言ってあるから、問題はない。
はずだったのだが――。
鍵が開いている……。
ドアノブをひねり、やれやれと溜息ひとつ。
外にいけというのに、また不法侵入をしていたらしい。
「クロロさー、今日は晩御飯なにもざいり……」
「ラーーーークウウウウウーーーーーールウゥーーー!!!!!」
オレの台詞を最後まで言わさず、かぶせてくるのはクロロではなく、シャルの怒声。
奥から漏れてくる殺気に驚き、堅で身を固め、後ろに飛び去る。
立っていた床に突き刺さる、包丁。
「ちょっ、危ないっ!!!!」
「っち、次はよけないでよね!」
再び投げられてくる、黒刃の武器。
よけてみてみると、扉の先、通路の壁に刺さっているのは見覚えのある包丁。
「オレの包丁!!!! 危ないだろ!」
「よけるなっていう台詞聞こえないの?」
「無理言うなっ。よけなきゃ刺さる!」
しかし、何で包丁を投げる?
アンテナじゃないのか――――って、もしかして
「セキュリティ解除に失敗した?」
「そっか、ラクルは死にたいみたいだね」
殺気をふくらせ、オレの愛用の大振りの果物ナイフをチャキと取り出す。
どうやら図星だったようだ。
「あの携帯、すごく精密に出来ているって知っているよね」
もちろん知っているさ。どれほど重要なのかも。
そうじゃなかったら、お仕置きにならない。
と、思えど
今は話の通じる状態じゃないっ
オレは家を目前にダッシュで逃げ出した!
――――数時間後。
ぜえぜえ
息を正しながら、無事生き残れた。とペタリと座り込む。
あの危険人物はクロロに回収してもらおう。放置しておかないのは友達の慈悲だ!
携帯を取りだし、通話ボタンを押すとクロロは案外早く出た。
『無事か?』
「……一応。知っていたなら、宥めておいてくれよ」
第一声に脱力する。
どういう過程かは知らないが、知っていたようだ。
『断る。自分でまいた種は自分で刈取るんだな。明日に骨ぐらいは拾ってやる』
骨って……。
はぁ。
クロロはどうやら、現在進行中で逃亡中だと勘違いしていて、さらにシャルにぼこられると信じて疑っていないようだ。
まあ、普通に考えればオレに勝ち目がないのは当然か。
「おあいにくさま。骨だけじゃなく身もしっかりと残っているよ。
助けろって電話じゃなく、シャルの回収を頼もうとおもって。家に連れ帰って寝込みを襲われるのは遠慮したいからね」
『ほう? シャルに勝ったか? どんな手を使った』
電話口の向こうで楽しそうな声を出すクロロ。
クロロはオレが弱いと知っている。念を知っている。
そして、シャルとの実力差も。
シャルが発を使えないとしても、オレの方が弱い。
だからこそ気になったのだろう。
「偶然とタイミングのおかげだよ」
オレはクロロに説明を始めた。
本当に今日じゃなかったら、確実にぼこられていた。全治にどれくらいかかるかと、考えただけで気が重い。
あの後逃亡しながら、オレは人のいないビルに逃げ込んだ。
ロックはかかっていたが、念であける。
その後、階段を駆け上がりながら、仕入れたばかりのゾルディック産の無味無臭の毒を撒き散らしたわけである。
クロロより耐性のあるオレだ。
きっとシャルよりも耐性があるだろう。そう思っての行動。さらに、オレの後ろにどんどん毒は広がっていくから、オレより圧倒的にシャルの方が毒を吸い込む。
屋上までシャルが駆け上ってきた時は、流石に焦ったが、彼はそこで力尽きた。
最後の言葉は
「ラクルの癖に生意気だ」
オレでも反発するよ! と言いたい。
とりあえず、シャルナークいい奴……じゃなかった。
ちなみに毒の種類は麻痺毒で、今は大量摂取で気を失っているけど、明日になれば後遺症もなくすっかり抜けて目が覚める。
それらを説明するとクロロは「なるほどな」と了解し、一晩預かるが、取りに行くのは面倒だからつれて来い。
との事。
「重たいからいやだよー」
と言えば、「なら放置しておけ」と返す。
流石にまだ夜は暖かいから風邪は引かないと思うけど。と思いながら、シャルナークを俵担ぎにして運び、クロロの家へと押し込んだ。
つかれたーぁ
42
シャルとの鬼ごっこのはてに変わったことと言えば、クロロの訪問がなくなった。
原因はシャルナークの発が使えなくなったことに起因する。
つい忘れそうになるが、クロロは某変態さんに、2人きりになりたい?
(翻訳:ヒソカにタイマン勝負がしたい)
と狙われている状態であり、蜘蛛のメンバーはクロロを1人にさせないように動いている。
じゃあ今まではよかったのかというと、シャルナークが一緒についているという認識だったようだ。
シャルナークとクロロの2人はオレを信用していて、「ラクルがいるから問題ない」という認識で、ある程度クロロの自由が利いていた、というコトらしい。加えて「いざとなったら同じ町にいるし」というのがシャルの言。
だが他の旅団メンバーは、オレの存在を知らない。そして教える事ができないから「シャルナークの発が使えないなら、他の護衛を」という考えになる。
というわけで、パクノダがクロロの家にお邪魔する事になったのだ。
男女ふたりで大丈夫か? と一瞬思ったが、もう幼なじみすぎてそういうのはないそうだ。
ま、そういうわけで。
クロロの傍にはパクノダが控え、オレはパクノダと合いたくない。
そういう事情がかさなり、クロロは我が家の敷居をまたげなくなったわけである。
その後オレの生活が静かになったかというと、なぜかシャルナークがいりびたっている。
意味わかんない。
「ミナセちゃんきいてええええ。イケメンンさんが、ぼっきゅんぼんのモデル体型の彼女さんをね、連れてきたんだよ。しかも最近毎日だよ。最近付き合い始めたのかな」
「私としては逆に今までつれてこなかったほうが不思議なぐらいよ。彼女の可能性は普通にあるのじゃなくて?」
「うううう。やっぱりそうかな」
研究室で2人が話している。
突っ込むことも、打ち明けるつもりもないが。間違いなくクロロとパクノダの話だろう。
ヤレヤレと思いながら聞こえてくる会話に、軽く溜息をつく。
ミナセの様子をみるに、本気でショックを受けているようだが。彼女でもないのにそこまで落ち込む理由が分からない。
ただのミーハー相手なだけじゃなかったのか?
ミーハー相手に彼女つくるなっていうのは、無理だと思うけど。
いやまあ、実際彼女じゃないけどさ。
少々理解不能で、こっそりあきれていると、となりからエドが「女心は難しいね」と声をかけてきた。
確かにそうだけど、オレからしたら君も充分理解不能だ。
先日、彼からの好意をはっきりと跳ね除けたつもりだけど、彼にはあまりきいていないようだ。
「ショックを受けることも、見ていることも、娯楽のひとつなんじゃない? 何もしてこなかったわけだし」
もう何ヶ月もたつのに、ケリーはいつもカフェから見ていただけ。
クロロかどうかは別として、普通の男だったら彼女が居なくても作っているだけの時間はたっている。
ちょっとキツイ言い方かもしれなかったが、本人に言ったわけではないし、エドと距離をおきたかった。オレを否定すればいい。
「そうかもしれないけど」
エドはコメントに困っている。彼はお人よしで善人だ。悪くは言えない。
だからオレの台詞を全面的に肯定できないし、話を続けたいから否定もできない。
「オレさ、ちょっと明日から学校休むよ」
資料をまとめて、席を立つ。
今日ここに来たのは、ちょっとした私物の整理だ。少しの間、部屋に缶詰予定だから。
「ちょっと。ラクル」
少しあせったようにするが、エドは席を立たない。
ケリーとミナセは2人してこちらを見ている。先ほどのやり取りをきいたのか、それともいきなり席を立っていくオレにびっくりしたのか。
まあどちらでもいっか。
つかず離れずというわけじゃないが、研究室のやつらと適度な距離をキープしてきた。
だが最近のエドの接近で、少々オレは距離が計り辛い。
校門を出る。
学園を休むのは本当だ。
理由はゾルディックの仕事を手伝う為。
先日毒の宅配時、ゴトーは忙しいとは聞いていた。
だけど、まさか不眠不休でも手が回らない状態になっているとは思わなかった。
それでもゴトーはオレに連絡をいれなかったのだけど、ゼノからゴトーが不憫だから手伝ってやってくれ。と連絡があり、ようやくオレは事態を知ることができたのだ。
むしろ何でもっと早く教えてくれなかったんだ? とおもうぐらい!
ゴトーは気を使いすぎだよ。
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校門を出た後、当分外に出ることはない為、色々と食材やらを買い込むなど、寄り道をしていた。
ある程度の食材はあるが、1週間を超える長期的な仕事になった場合心もとない。
誰かに頼むわけにもいかない。
シャルナークという居候はいるが、あいつに何か頼むと高くつく。加えて我侭で、言ったものをそのまま買ってくることが少ない。
うん。リスクが高すぎる。
そんなわけで、今は片手に買い物袋と言う姿で、学園を出た後大分時間がたっていた。
「ラクル君!」
だから、こうやってミナセにばったり会うのも可能性としてはあるのは仕方ない……のだが。
「よかった。見つけれた」
首をかしげる。
どうやら作為的なものだったらしい。
「何かオレに用事だった?」
「うん。話したかったの」
ケリーは背が小さい。オレのすぐ近くで話す彼女の姿は自然と、上を見上げるような形になる。
上目遣いで、必死な顔をするケリー。
「えーと、何? 長くなるなら、どこかに入る? 奢るよ」
往来の少なくない生活道路の真ん中で話すぐらいなら、喫茶店でも入ったほうがいい。
そう思っての提案だったが、ケリーは首を振る。すぐ終わるからと。
せめて隅へとより、丁度あった自販機で缶ジュースを買い、渡す。
壁に軽く体重をあずけ、ケリーの話を聞く。
向き合って話すのではなく、お互いが壁に背を向けて。
「あのね。さっき声聞こえてたの。それで、思ったの。確かに、娯楽として楽しんでいたかもしれないって」
「悪かった。本人が居るとこで言うような台詞じゃなかったね」
「違うの! そのとおりだから。言ってもいいの。私ね、確かに娯楽として、楽しんでいたとおもうの。イケメン見つけてミナセちゃんとキャーキャー騒いで。
ショックを受けたのは嘘じゃないけど、真面目に取り組んでいないから、当然よね。私にはショックをうける資格なんてなかった。って気がついたの。
だから、指摘してくれて。ありがとう。ラクル君」
「……例のイケメンのこと、好きなの?」
「わかんない。好きではあるけど、LOVEなのかと言われたらわからない。見ているだけで満足していて、本当に人として見たか、自信がないの」
「じゃあさ、他の人を探しなよ。たぶん、それが一番いい。と思う」
クロロが相手では、好きになってもいい事は何もない。
うまくいくはずがないし、いったとしても捨てられるのは目に見えた未来だ。
「そうだね。ありがとう。
何気に優しいよね。ラクル君って」
話終わってすっきりしたのか、笑顔を浮かべ去っていった。
話に付き合ってくれてありがとう。缶ジュースごちそうさま。
そう言って。バイトに遅れるからと、背を向けて走り去った。
能天気で、天然で、よく分からないミーハーな台詞で騒ぐ女の子。
「次はちゃんと、普通の男を見つけなよ」
彼女の小さくなっていく、シルエットを眺め呟いた。