こんなミルキIF│2章(14-24) 幻影旅団と燭台


 14

 こちらにやってきて3ヶ月が経過した。
 神字の勉強ができるから、毎日が充実している。クロロは未だに帰ってきてはいないが、特に心配はしていない。
 というか、居場所はわかっているからだ。
 メールが来たわけではない。

「幻影旅団、XXX国のガストン美術館を襲撃だってよ。同じ美術館に働くものとして、怖いよな」
「僕たちはバイト警備員だけどね、こんなA級犯罪者には会いたくないよ」
「警備兵もろとも、現地にいた人間皆殺しって話だろ? 喧嘩自体は嫌いじゃねーけど、流石に相手が悪すぎるよな。俺らんとこ、マイナーな美術館でよかったぜ」

 と、彼らの活動が派手な結果である。
 エドとゼルの2人の会話を耳に傾け、オレは「知らないって幸せだなぁ」と苦笑をもらす。
 クロロとシャルはおそらく仕事が終わったらこの町に戻ってくるだろう。今までもだけど、これからも何気に凶悪犯罪者と同じ町に住んでいるわけで、会いたくなくても、わりと身近なところに彼らはいたりする。
 加えていえば、団長自体がオレの義兄という書面上の肩書きを持っているので、他の道行く人たちに比べれば、君らのほうが実は会いやすい場所にいるんだよ。と、思うのだが、もちろん思うだけで教えはしない。
 そもそも自分自身が、結構世間的に会いたくない人間のトップランカーに居る立場だし。

「この機に、警備員のバイトやめたら?」

 オレは苦笑を抑え進言した。クロロを知るオレからみれば、マイナーな美術館といえど、安心できる要素はまるでないのだ。
 彼はその辺に落ちている小石だろうが、気に入れば襲撃の理由になる。そして、彼自身が雑食で何を気に入るのか分からないという性質を持っているのだ。

「そうだなぁ……」

 実際の事件がきいたのか、思案する2人。

「とりあえず、来月の長期連休が終わるまではやるといってあるからそれまでは続けて、その後の更新は悩むなぁ」
「んだな。それまではやってくれるとオレとしても面子的に助かる。そこまでいけば、代わりの人員も増えるだろうしさー。叔父も無理いってこないとおもうしさ。自給よかったんだけどなぁ」
「きっと、皆同じ理由でやり手がいないんじゃ……」

 旅団の人たちは義賊じゃないから、予告状なんてださないし。どこを襲撃するかも分からないんじゃ、怖がって警備員なんてやる気が起きないだろう。仕方ない。
 オレの台詞に、ゼルが「やっぱりそう思うか?」なんて言っている。経営者である叔父さんは警備面で苦労しているようである。

「ラクルは連休に何する予定なんだ?」

 そうだなぁ。とオレは考える。
 30日ほどの長きにわたる連休まで、残り一ヶ月となると色々と予定も組み始める頃。研究室のみんなは旅行に一緒に行こうと誘われたが、それはすでに断っている。
 特に予定というものはなかったのだが、予定がない=彼らと遊びに行くという風にイコールで結ばれなかっただけだ。

 彼らはオレのことを友達だとおもっているらしいことが、最近になってわかってきた。
 遅いというなかれ。オレにとって友達というのは契約だ。それ以外での友達というモノを持ったことがなく、それが成り立つ事事態が不思議でならない。
 友達と簡単に言うのは簡単だが、それが何の鎖になるというのか。
 友達という鎖につながれることで、何が変わるのか。
 オレから見たらその鎖は、紙よりもろく、糸より細く不確かなものでしかない。そんなもろいもので、ほんの少しの安心感を持てない。
 だから彼らから見たら友達かもしれないが、オレからみたら知人である。字のごとくタダの知っている人。
 そもそも、オレの経歴自体が嘘で塗り固められている。嘘がはがれたら、おそらく残らないだろう。彼らは一般の世界であって、オレの居る世界とは大きな隔たりがある。

 だから。必要以上に仲良くする必要もない。

「オレは、パドキアに帰るよ」

 パドキア共和国にある実家に帰るもよし、1人暮らしをしていたあの部屋に戻るもよし。そこでまとめた神字のノートで復習をしながら、家の手伝いをする。
 それらをしていたら1ヶ月なんてすぐだろう。

「へー。パドキアが実家なんだ。あそこって治安いいよね。いいなぁ。ヨークシンってなんだかんだと治安悪いし、マフィアとか多いしさ」
「パドキアだって有名な暗殺一家があるって話だぜ。どんな一族かちょっと興味あるけどな」

 目の前に居ますけど何か?

「門までなら、見に行くツアーとかあるよ」

 苦笑しながらも教えてみる。実際は中も案内できるけど。
 それを教えたら、いつか旅行に行きたいと、その時は家にとめてくれと言い出す2人をオレは苦笑で答えていた。





 15

 家に帰ると、鍵が開いていて「おや?」と思う。
 そのまま玄関を空け、中をみてみると、部屋があらされているなんてことはなく、リビングで1人の男がソファーで本を読んでくつろいでいた。

「不法侵入止めてくれる?」

 はぁ。と溜息ひとつ。オレはその侵入者クロロに向かってあきれ声で訴える。

「盗賊に不法侵入をするなとは、無理な相談だな」

 顔をあげ本をパタンとたたむと、彼はそういって口の端をあげる。
 当然のことながら、傷のひとつもなく、嫌味なほどに整った顔立ちだ。

「とにかく傷ひとつなく、無事に仕事も完了したようで何よりだよ」
「当然だ。と言いたいところだが、今回ばかりはそうでもない」

 肩をすくめクロロは、オレからは影になっているところから布をかぶせた何かを取り出す。
 それをテーブルの上におき、布を取り払うと、古ぼけたひとつの燭台(しょくだい)であった。古ぼけてはいるが装飾はしっかりとしており、何かの儀式に使うものかと思われる。

「それは? それにニュースで見たけど、失敗したようには思えなかったけど?」
「これはカリスト教の聖遺物のひとつで、“女神の後光”と呼ばれるものだ。聖人が神からたまわったもので、この燭台に灯された光で作り出された影は、真実の姿を映すそうだ。聖人ではなく、念能力者の作品のひとつだろうが、実際に見破ったという過去事例は多々ある。これを目的でガストン美術館に盗みに入ったわけだが」
「実際ここにあるから、成功じゃないか」
「それがそういうわけでもない。これだけでは、意味をなさないのだ」

 オレはその燭代をマジマジと見た。
 壮麗な銀細工で、多少すすけてはいるがすばらしい細工をしている。
 台座の上には「山」の字のように、形がなされており、実際ろうそくを立てるのは両側であり、中央は丸い円形の装飾がはまっている。
 特に問題はなさそうにみえた。

「何か問題でも?」
「ああ。この燭台は3本のろうそくを使う」
「でも立てる場所、2つしかないように見えるけど」
「そのとおりだ。ここにもうひとつ蝋燭を立てる台座があったはずなのだ」

 そういって彼は中央の丸い装飾の上を指す。確かにくぼみがあって、何かをはめ込むことが出来そうな作りになっている。

「それがなければ、これを盗んだ意味はない。ミルキ、この部分がどこにあるか探し出してくれないか? ガストン美術館にはない。フェイタンが館長に拷問したが、館長はこの状態が完成品だと思っていたようで場所を知らない。一応手がかりとなる事は聞いてきてある」

 久しぶりのクロロからの依頼だった。
 パソコンはすべてではないが、調べ者をするには問題ないぐらいにはこちらに持ち込んである。本来ならば問題はない……。

「シャルは?」
「あいつは、ガストン美術館を見つけ出すまでに苦労させたから、少しの間は遊びたい! といっていたな」

 ああ。そういえば前にシャルが来てから、少したってクロロはいなくなった。あれからこの案件はずっと続いていたのだろう。
 いつもなら受ける内容だった。
 だけど、オレは悩んだ。
 悩んだ結果、断ることにした。
 理由は期末テストがあるから。というなんていうか、申し訳なくなるものだ。

「ごめん」

 謝罪をひとつ。クロロは「いや、忙しいのはわかっていた。気にするな」」といってくれた。
 だが、

「シャルに頼むことになるが、あいつから苦情がくるのは覚悟しておいてくれ」

 とのこと。
 いやそれも何とかして欲しい。

 テスト勉強なんて、自己満足にすぎない。
 戸籍自体が偽者で、いくらいい点数をとったところで、経歴になにか追加されるわけでもなければ、オレの私生活でプラスになるようなジャンルでもない。
 極端な事をいえば、テストも受ける必要だってないのだ。赤点をとったところで何も痛くはない。すでに目的の神字の研究室に入る権利はもらってあるのだ。
 だけどオレはテストをいい加減に受けるつもりはなかった。やれる事はやろうと思うし、下手に赤字をとったおかげで、神字の教えを途中で打ち切られる可能性もなくはない。

「そういえば」

 断ってひと段落した後、ふと疑問が口につく。

「なんで、そんな燭台ほしかったわけ? そりゃ見た目に綺麗ではあるけど、実用性がそんなに高いとは思えないけど。第一本物かどうかもわからないし」

 それに昔ならともかく、今は電気の時代だ。蝋燭を常に灯しておくわけにもいかない、そんな状況で時々にしか現れない襲撃者に対応するには、利便性が悪い。
 それに姿を変えてくるブラックリストハンターなんて少なそうだし。姿を変える能力者だってそんなに多くない。
 加えて根本的な問題で、本当にこの燭台が真実を照らし出してくれるとは限らない。

「本物かどうかは、イルミを呼べばわかるじゃないか」
「はぁ!? そんなくだらない事にうちの兄を呼び出しするのはやめてくれ!!」
「何、可愛い弟をえさにすれば、すぐにやってくるさ」
「本当に来るから、なおさらやめてくださいっ!」

 その後もなんやかんやとやり取りをし、彼は帰っていった。「明日から刺激の強い飯を期待している」とあきれる台詞は残していったが。
 そりゃ、刺激の強い(毒入り)ご飯を作れる人は少ないかもしれないけどさー。
 どうせ、しょうがないといいつつ作りそうな気がするけど。ま、前日にちゃんと言っておいてくれたしさ。





 16

 定期試験までの時はわりとあっという間だった。
 そして、試験が終わるまでも。

 それまでの間何もなかったかというと、シャルの些細な嫌がらせのほかは特に何もなく……。
 逆に言えばそれはあったというか。

 あの依頼を断った数日後には、シャルの訪問があった。

「オレは疲れているし、もう働いた後だし、そして遊びたいわけ。そのへん分かる?」

 と詰め寄られた時は、ちょっと怖かった。
 ガストンでの件ではどれだけこき使ったんですか。クロロさん。そう思ったのだけど、下手に同情にして矢先が向かってくるのも遠慮したかったので、苦笑と謝罪とコーヒーや甘いものをだしてごまかしてみた。

「そりゃ、ラクルは旅団の人間じゃないから、強制力がないのぐらい分かってるけどさー。でも少しぐらい手伝ってくれたって……」

 とまあ、最後はそのあたりの愚痴に落ち着いて帰っていった。
 だけど、煮詰まるとまたやってくる。

「やってられっかー! 調べろなんて簡単にいいやがって! 似非二重人格者めっ!」

 と怒声とともに愚痴をいいにやってくる。シャルいわく「せめて愚痴ぐらいここで捌けさせてよね!」とのこと。まあ仕方ない。少しぐらいなら手伝ってあげたいが、蜘蛛の糸を掴むような案件の場合下手に手伝う事により、見逃すこともある。1人の信頼できるものの手に任せたほうがいい。ただの二度手間になる可能性が高い。
 下手に調べて情報が混乱し、シャルナークがきれるのが怖いわけじゃない。うん。けっして。

 更にその状態に気がついてか、クロロはシャルナークが居る時はあまり近づかない。
 よく分かってるよ。さすが付き合いが長いだけある。

 時にはシャルナークに刺激のない料理を出したり、コーヒーをだしたりしながら、愚痴をきくというメインの作業をこなしつつ。試験勉強をちまちまとこなしたわけである。
 それでもまあ、毎日くるわけでもなかったから、それなりに勉強をして試験に迎えたわけであるが。



 試験終了して数日後。
 試験勉強のために顔を出す事も、集まる事もなくなっていた研究室に、久しぶりに5人全員の姿があった。

「あー。やっとめんどくせーものがおわった」
「おつかれさま」
「成績発表は怖いけど、今は達成感でいっぱいかも」
「やるべきことをやったなら、結果はついてくるものよ」

 上からゼル、エド、ケリー、ミナセである。
 成績発表は来週には行われ、廊下の掲示板に上位者のみ張り出されるそうだ。エドとミナセは名前が乗ることが多いそうだが、ゼルとケリーはほぼ乗ることはないそうだ。
 ゼルはその分運動神経が優れているらしく、ケリーは愛嬌があるというのがエドの弁。

「やあ、みなさん。おつかれさま」

 クラーク教授がソフトドリンクやお菓子の入った買い物袋をもって現れ、その後、軽いお疲れさま会?のようなものが行われた。

 その会の最中、オレはクラーク教授に呼ばれ長期連休の事について聞かれた。
 試験結果の発表後。来週から長期連休は始まる。
 オレは前にエドたちに答えた回答と同じものを答えたら、教授からの打診があった。
 それはすなわち、

「前に手伝ってもらったカイト君を覚えているか? あの遺跡の発掘作業はまだ途中だが、休み中に暇だったら、是非遺跡まで遊びにこないか。とのことだ。
 というのも、彼らは現場派でデスクワークが大の苦手ときている。発掘作業後の論文作成はいつも苦労しているそうで、その手伝いを是非君にまたお願いしたいとのことだ。いずれお願いするのだから、少しでも遺跡に来てくれるとやりやすいだろう。という配慮のもとだが、どうするかね?」

 それは考古学を専門とするならば、とてもチャンスになる話だった。
 だけどオレの目的は違うのだ。

「遠慮します」

 そう返事をした。
 教授は、
「何、長期にわたる話じゃない。少し旅行や社会見学をする気分でいけばいいんだよ」
 と軽く言ってくれても、考えは変えるつもりはなかった。考古学は自分には必要のないものである。能力的にも、歴史に関する場所に行くことはおそらく無いだろう。



 そして日も暮れ、もう帰宅モードがただよってくるころ。
 もうひとつ長期連休中のお誘いがあった。

「そうだ。みんなにコレやる。っていうか、一緒に行くこと決定な」

 そういってゼルが取り出したものは、長方形型の紙切れが5枚。
 綺麗に印刷してあるそれは、美術館の入場券だった。

「叔父のとこの美術館のチケットなんだけどさ、オレ達がバイト頑張ってるってことで何枚かもらったんだ。一緒に行こうぜ」

 そうして配られたチケットは全員で行くことが決定し、目的地が美術館であることや、時間も半日ぐらいしか取られない事などもあり、これはオレも参加する事にした。
 この決定がよかったのか、悪かったのかなんとも言いがたいことになるのだが、その時はそんな事思いもよらず、そしてオレの参加表明に喜ぶ面々をみて少し気恥ずかしい思いをしていた。





 17 

 張り出された試験結果の前で、わたしは関心していた。

「うわぁ。すごい」

 って声に出ていたっていうのは、横に居たミナセに指摘されるまで気がつかなかったんだけど。だってほら、感心するとつい声にでちゃうものじゃない?

「でもまあ、びっくりしたのは認めるわ」

 仲のいい友達のミナセもそう認めてくれる。
 そのミナセも試験の順位表にしっかり名前がのっているから、2人とも、いやエドものっているから3人ともすごいよ。
 わたしの名前、ケリーなんて文字はどこにもないんだもの。

 わたしたちが感心しているのは、3人目に当たる。そして、今年度の始めに編入してきたという研究室の新メンバーのラクル君のこと。
 ちょっと壁を作っているかんじであまり話すことはないんだけど、話してみると気さくで。でもやっぱり誘ってもなかなか答えてくれないところはやっぱり、壁を作っているのかな。って人なんだけど。
 あ、でもいい人だよ。あんまり話したことないけど。

 その彼が順位表にいくつか名前を連ねていて、わたしたちはびっくりしているの。
 だって彼。正直にあまり勉強ができる人だとは思っていなかったのよ。わたし達考古学の研究室は、教授の研究の手伝いをする事が多くて、忙しい人だからいろんなところから依頼がくるのよ。
 その手伝いの作業で、彼はすごく苦労していた。
 実際小テストとかはボロボロだったって話も聞いていたし、頭いいよアピールとかしていなかったし。だから、わたしと同じくらいかなーって思ってた。

 だけど。違ったみたい。

 うちの学校。順位表を張り出すんだけど、ちょっと変わった貼り出し方をしていて、総合30位、科目別5位まででかかれているの。
 ラクル君は総合での名前はないんだけど、科目別に名前が載っていたの。
 見事に偏って。

 彼が乗っているのは、プログラム言語系の2科目。ダントツの1位。満点。両方とも。片方は2位が90点台でまだ近いんだけど、もうひとつは難しいテストを作る事で有名な先生で、2位は82点よ?そんな中満点。たぶん、あの先生で満点とったの始めてじゃないかしら。
 そして、数学系もランクインしている。満点じゃないけど、TもUも両方とも。
 最後に語学系。全部じゃないけど、ところどころに彼の名前が載っていた。

「ねえ。ミナセ。ラクル君って頭良かったのね」
「むしろなぜ、考古学のセミナーにきたのかが不思議だわ。専門とするところ、ぜんぜん違うんじゃない」
「どうしよう。わたし、彼のこと同じぐらいのレベルだと思っていた……」
「おそらく口に出した事が一番の失礼だと思うわ」

 その後、ゼル君や、エド君にもあったんだけど、同じようにびっくりしていたよ。
 ラクル君は何が得意っていうのぜんぜん言わないからね。思いもよらなかったんだよね。

「あれだけ科目別でランクインしているのに、総合に入っていないってどれだけ他の科目が足ひっぱっているんだろうね」

 エドが苦笑しながら言った台詞に、わたしは確かにそうかも。って思ったのだった。





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 試験発表もつつがなく終わり、長期連休へと突入した。
 研究室のメンバー踏まえ、何人かから、「お前本当は頭がよかったんだな」系統の台詞をかけられたが、総合評価はそれほど高くはない。そこまで褒められるほどのことでもないと思う。

 そんなこともありつつも休みは開始され、約束した美術館へ行く日になった。
 朝にクロロにコーヒーを入れ、支度をし出かける。出かけ間際に「休日に出かけるのは珍しいな」と言われたが、自分でもそう思う。
 現地で待ち合わせをし、集まったところでオレ達は館内に入ることにした。

「あまり大きくないし、たいしたモノもないんだけどな」

 ゼルがそう切り出すとおり、そこまで大きな美術館ではない。
 だが個人経営としてなら、そこそこの大きさだと思う。町はずれの敷地にひっそりとたたずむ白い建物。
 入ると少しのかび臭さと、冷房の作られた空気のニオイ。
 休日なのもあって、それなりの人が思い思いに展示物を見ていた。

「結構色々とあるのね」
「このマネキンとか夜中に動き出しそうで怖い」

 ケリーとミナセも楽しそうに見ている。
 ゼルとエドは見慣れた職場というやつで、展示を見るというよりかは、彼女達の反応を楽しんでいる風体であった。

 わりと館内は広く、展示の仕方もマネキンをつかったり、説明文にこだわったり、照明をつかって分かりやすくしているなど、上手い具合に展示してあり、「魅せる」方法にこだわっていて中々楽しいものだった。

「叔父さんの趣味いいね」

 と思わずオレも評価してしまうほど。
 内容は宝石、遺物、歴史物など幅広いジャンルで、有名だとか貴重なものこそなかったが、いい美術館だと思う。

 そんな風に見ていき、もう最後というところで。
 オレは見つけてしまった。

「これ……」
「およそ2000年前に作られた燭台だって。シンプルだけど綺麗なつくりをしていて、なんか歴史を感じるね」

 オレが凝視するのを見て、ケリーが説明文を読み上げる。
 それは確かにシンプルで古ぼけた銀細工の燭台。変哲のないつくりだが、同じつくりのものをオレは最近みていた。

 クロロが持ってきた、壮麗な細工でかざられた燭台。その二つの蝋燭を立てる部位と、目の前の展示物は同じ形をしている……。
 まさか。
 そうは思ったのだが、事実を認めないわけにはいかない。
 1回しか見ていない。だけど、間違えるほど美術品に疎いわけではない。

 こんな風に違う名前で、おまけみたいな展示では、シャルナークも苦労するはずだ。

 今回の聖遺物とされる貴重品はマフィア等のコレクターが隠し持っているパターンが多い。だからきっと、一般的に出回っていなければ、シャルナークもその線から探すだろう。
 そうじゃなくても、鑑定すればすぐに正体がわかる品だ。
 それが正式な鑑定もされないまま、美術館にあるとは思いもしない。

「ラクル、どうしたんだ?」

 エドの声でオレは現実に戻される。
 どうしよう。

「なんでもない」

 そう答えながら、頭の中は混乱している。
 シャルナークに教えるか、否か。
 彼は今も探し続けて、見つからなくて我が家で鬱憤を晴らすを繰り返している。
 教えてあげればそれは解消される。
 普段ならすぐに教える案件だ。

 だが、この美術館でバイトしている知人が2人いる。
 教える事により待っているのは、2人の危険。
 襲撃の日にバイトが入っていたら、その時の運命は間違いなく死だ。
 だけど、2人は連休後バイトはやめる可能性が高い。

「どうすればいい?」

 オレはみんなと別れた後、静かにそう呟いた。





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 結論から言う。
 オレはシャルに燭台の件を話した。

「まじ? この町のマイナーな美術館? なんでそんなところに? なんか気に食わないけど、それでも許す! 蜘蛛の糸を掴むような作業だったんだ。もうね、いい加減に飽きてきていたんだよ。時にはいい事言うじゃん。今度お礼に何か奢るよ。うん。
 ちょっと前までは、ラクルのやつ使えないなんて思っていたことも、どーんと水にながしちゃうよ」

 と、延々と続く調べ物の作業から開放された事により、ちょっとテンションがおかしくなっているシャルをオレはなんともいえない感情で見ていた。

「それじゃちょっと、その美術館にいって確かめてくる」

 そういって去るシャルナークの後姿。
 そんな事はないだろうが、もの違いだったとしょぼけた姿で帰ってくるといいな。なんて思う。

 だけどもそうはならずに、彼はテンション高く帰ってくる。

「ばっちりヒット! 本物だったね。警備もゆるいし。いつでも仕事に入れそうだよ」

 そういい、テーブルの上に大量のビールとつまみをのせた。

「今日は前祝! ビール持ってきたから、ラクルも付き合えよな」

 そうだ。酒でも飲んでスッキリしよう。
 浴びるように飲んで、シャルとよく分からない事をしゃべり、その夜は倒れこむように寝ていた。





 20

 なんだろう。
 もてあますこの感情。

 友達なんかいらない。

 その教えのとおりに過ごしてきた。例外が2人ばかりいるけど、その2人だって契約してて、もしもの場面ではゾルディックを優先するってしてあって。
 それ以外には友達なんていらない。って思っていた。

 神字って目的のために学園に入って、同年代の学友と話すことが増えて、なんだかんだと毎日はすぎて。
 でもあれは、ただの知人。知っている人。
 助ける義理も、何かを与える約束も、契約も何も交わしていない。
 オレが何かをする必要なんて、何もない。

 それならば、トモダチとして契約しているシャルやクロロを優先するのは当たり前だ。
 そうやって結論だして、情報を与えたのはオレ自身だ。

 でもなんで、オレはこうやって走っている?





 昨日からクロロは出かけシャルも来ない。
「目的以外はたいした戦利品はなさそうだけどね」
 というシャルナークの言葉。

 多分今晩だ。
 旅団があの美術館を襲撃するのは。

 朝から落ち着かなかった。
 オレは今まで誰かが死ぬことをわかっていて放置していた。目の前で死ぬのを見てみないふりをしていた。
 何が違う?
 違うんだろう。知ってる人。それだけで。

「ゾルディックらしくありたいのに」

 イルミならきっとためらう事はない。彼は家族以外に本当に容赦しない。
 元顧客だろうが、潜入後に知り合った人だろうが、仕事に邪魔になったら、あっさりと殺すだろう。
 イルミだけじゃない。それがゾルディックとしての在り方。

 だけど。
 今回は仕事じゃない。
 オレは携帯を取り出すと、先日の待ち合わせ用に聞いてあった番号にかけた。

 数コールなった後、電話口の向こうからエドの驚いたような声が聞こえる。

「ラクルから連絡くれるなんて珍しいね。どうしたんだい? 今日の予定? 僕はバイトだよ。例の美術館の。ゼルは今日非番だよ。やめろ? いきなりどうした? 普段言わない君の頼みだから聞いてあげたいけど、流石にもう遅いかな。今着替え終わったところだし。此処まで来たら帰りにくいよ」

 電話をきり、家を飛び出して走り出した。行き先? 知るかっ!





 21

 美術館でもう一度エドに電話をし、
「休憩でも気分悪くなったでも、なんでもいい。最初で最後のお願いだ。今からぬけだしてきてくれ」
 との懇願に、エドは二つ返事で了承した。
 エドは基本お人よしで、誰かの頼みごとを断るタイプではない。

 オレははやる鼓動を抑え彼が来るのを待った。
 エドと旅団が鉢合わせした後なら、もう彼を助ける事は出来ない。
 旅団は基本目撃者を皆殺しにする。命を散らせるのも一瞬だろうが、目撃者を放置するほど彼らは優しい人間ではない。
 もしその状態で逃げ切れる可能性があったとしても、オレは旅団と敵対するのは本意じゃない。
 クロロはトモダチだ。それは変わらない。
 逆にエドはトモダチでさえない。
 イザとなったら見捨てる。
 だけど、いざとなる前なら。
 ――少しぐらいは手を加えてもいいんじゃないか?

 そうだよ。
 それにエドは神字の先輩だ。まだ生きていてもらわなければ困る。

 理由をつけ、行動する。
 オレはあの時と何も変わらない。理由がないと動けない。

 襲撃が今日じゃないって可能性はもうありえない。
 暗闇の中に、わずかに混ざる血のニオイ。強いオーラの気配。
 彼らは正面から堂々と入る。彼らにとって敵はない。むしろ多少骨のある相手が居たほうが喜ぶぐらいだ。
 だが今回は警備も薄く、おそらく念能力者さえいない簡単なもの。
 何人で来ているかは知らないが、5人を越えることはない。

 ならば。隙はある。

 此処は入り口と出口が遠く離れた、少々入り組んだつくりをしている。エドがまっすぐに裏門に居るオレの元に来てくれるなら、かち合う事はない。
 相手の手ごまは少ないのだ。
 ただ異常をかぎつけてエドが自ら向かわなければ。

 ――オレは息をひそめ、旅団の人に悟られぬよう気配を薄くしながら。
 その場で待っていた。

 そして、裏口からこちらに歩いてくるエドの姿を見たとき、オレはほっと息をついた。




「どうしたんだい?」

 暗闇の先にラクルの姿を見つけ、僕は声をかけた。
 彼から電話をもらったのも今日が初めてならば、真剣な頼みごとをされたのも今日が始めてだった。

 彼は自ら壁を作り、僕達とあまり関わろうとしないタイプの人間だった。
 一歩引いたところにいながら、聞こえてくるオレ達の会話に、目を丸くしたり驚いたり少し微笑んだりしている。
 感情も表情も豊かなのに、人との付き合い方が分からないのだろう。
 そういうタイプに見えた。

 だから自分のことは言葉少なに語らず(あれだけ得意とする分野があれば自己主張があってもいいはずなのに)、頼みごとも控えめに、遊びに行くのも遠慮がちだった。
 だからといって悪い奴かと思ったら違う。
 おとなしいところはあるが、普通にいいやつだ。
 そして目的に向かっては情熱的な面も知っている。神字が目的で転入するあたり顕著だ。
 だけどそれ以外には、なるべく興味を持たないようにしている。その様子は少し寂しく見えた。

 そんな彼がオレに必死でお願い。
 何でそんなお願いをしてくるのかは、分からないけどできる事は聞こう。そう思わせるのに充分だった。

「悪い。来てもらって。だけど、何も言わずに1時間付き合って欲しい。此処を離れたいんだ」

 堅い口調で、堅い表情。
 何を考えているのかいまいち分からない。

「僕警備員のバイト中だってわかって言っている?」
「ああ」
「離れる理由は?」
「言えない」

 本来なら絶対YESといわないお願いごと。
 だけどこんな彼をみたのは初めてで、バイトを首になるぐらいはいっか。と思ってしまったんだ。

「わかった。1時間だけ付き合う」

 そう返事をした。
 その時。

 ―――ガシャーン
 −――「うぁあああああ」

 後ろから何かが割れる音。そして悲鳴が聞こえた。
 僕はバイトだけど、警備員は他にもいる。社員だったり、アマチュアハンターだったりして様々だけど、大体3~5人だ。
 中にもまだ人はいる。

 何かが起きた!

 僕はラクルに「ごめん」といって、職場に戻ろうとする。
 何もないならいい。だけど何かが起きたのならば、手伝わなければならない。
 そう思って駆け出そうとした僕の手を、ラクルががっちりと掴んだ。

「行くな。死ぬだけだ」
「え?」
「時間がない。行こう」

 そういって引きずられるように、僕たちは歩き出した。
 美術館にある明かり、庭園の外灯が一気に落ちる。

「うわっ」

 いきなり暗くなった事により、驚きの声をあげる。停電か? そう思ったが遠い先では明かりが見えた。
 ブレーカーでもおちたのか?

 暗闇の中、ラクルの歩みにひっぱられるように僕は歩く。
 コレだけ暗ければ1人で戻る事もできない。
 懐中電灯をつけようとしたが、新品のはずなのにつかない。壊れている。
 先ほどの悲鳴は気になったが、どうにもできずにただついていった。

 それが本当に僕の生死に関わる行動だったなんて、このときは思わなかった。





 22

 門を抜け、人気のない街道を抜け、街中にはいりまだ人の行きかう道路の脇を抜け、ラクルはスタスタと歩き続ける。
 ちょっとはや歩きなとも言えるテンポで。

 僕はすでに抵抗はやめている。
 確かに残してきた人たちや、あの奇怪な音や叫び声は気になる。
 だけどもう大分時間がたってしまった。もう片付けも終わっていることだろう。
 ここまできたら、いつ帰っても結果は一緒だ。それならば、彼の気が済むまで付き合おう。そう思っていた。

 たどり着いた先は、小さな何もない公園で。
 ジジジジと街灯が小さな音をあげているぐらいの、物静かで何もない。
 昼間は小さな子供が遊んでいるだろうが、今頃は夕食を終え家族の団欒をしているだろう。

 中央にあるベンチの前で彼は立ち止まる。

「なんていうか、ごめん」

 彼は立ち止まると最初に謝ってきた。
 一体何について? そう思ったが連れ去った事か。とすぐに思い当たる。

「ついてきたのは僕の意思だからさ。でも理由ぐらいは教えて欲しいな」
「……オレの好き勝手に行動して悪かったと思う。だけど、理由もすべての背景も何も言えない。オレの中では確かに要因があって結果があって、行動にいたるまでの過程はある。だけどそれらは全部口に出す事はできない」

 何かに葛藤している様子は見て取れた。
 彼は意識していないときは、表情豊かだ。だけど何に悩んでいるのか。それは分からない。

 ベンチに座って、さてどうしようか。と息を吐く。
 流石にこの行動の意味ぐらいは、知りたい。自らついてくることを選んだが、バイトがおじゃんになり、ゼルの顔をつぶす行動をとったのだ。それなりの理由があったほうが、すっきりするじゃないか。

 だけど彼は容易に話すだろうか?
 神字を習うためだけに編入したり、そのためだけに専門外の考古学にまで手を出す一本木な彼。更に自分のことを、表示する事のない……。

 悩んでいると、胸元の携帯が機械音を立てて振動する。仕事中だからバイブレーター状態にしてあったのだ。
 電話に出てもいいかな?
 と許可をとり、着信相手を見ると、ディスプレイにはゼルクの文字。

 ああ。抜け出したことにより、ゼルに連絡がいったんだな。
 ゼルには迷惑をかけてしまった。
 申し訳ない気持ちになる。

 そう思って謝ろうとした。
 だが、第一声は相手に取られてしまう。

『エドか?! 無事か?! 生きているんだな!!!!』
「え?」

 ものすごい勢いでまくし立ててくる。
 意味が分からない。
 怒る等の台詞はなく、安堵し、ひたすら良かったと繰り返す。

「ちょっと、生きているってどういうことさ? 簡単に人を殺さないでくれよ」
『あ? 死んでいてもおかしくない状況だったから、喜んでるんだろ? っていうか、お前知らないのか? むしろ今なにやってんだ?』

 おや?とおもう。僕が抜け出した事によるお咎めの電話ではないらしい。

「えっと。散歩?」

 ラクルのせいで仕事をぬけだした。というのも悪いと思いとっさについた嘘。

『そうか。よかった。いいからそのまま遠くに散歩にいけ。今オレらの働いていた美術館は大変な事になっている。誰かの襲撃にあって、中身はあらされ、血も散乱している。死傷者の状態はよくわからねえ。警察が入っているが、オレもまだ詳しくはわからねえ。叔父さんが、あわてて電話してきてそれだけを教えてくれたんだ』

 話を聞きながら、血の気を引くのを感じた。
 目の前のラクルを見る。
 彼が呼び出さなければどうなっていた?
 あの音や、悲鳴は?

 戻ろうとした時、彼は言わなかったか? 「死ぬだけだ」と。

「ごめん。ちょっと電話切る。とりあえず僕は無事だし、今日は大人しく家に帰るから」
『お、おい!』

 電話をきってラクルの姿をみる。
 先ほどまで気にならなかったが、街灯の薄暗い明かりが、彼の顔に影を映すのが酷くもどかしい。
 表情がよみとりにくいじゃないか。

「なんていうか、オレからは何も説明しない。……正直混乱してるんだ」
「今日美術館が襲われるって知っていたのか?」
「さあ?」
「君のお願いであるこの行動は、襲撃の事件に関係あるのか?」
「どうだろうね」
「そいつらの仲間なのか?」
「NOだよ」
「じゃあさ、僕を助けたいと思った?」
「……たぶん? いや分からない」

 はっきりしない答えを出し続けるラクル。
 だけど、仲間じゃない。というのだけはっきりとした答えをくれた。それはすごくほっとした。
 じゃあきっと、何らかの方法で今日の襲撃をしった。
 だけど説明しても信じないと思ってこういう方法をとったのだろう。そう無理やり自分に言い聞かせた。
 ラクルの電話がなかったら、僕は死んでいたのは間違いなかったのだ。
 助けたいっていう台詞に、たぶんとか分からないっていうのは、不本意だったけれども。

 彼は今何かの要因があって、酷く混乱している。
 だから、仕方ない。そう思った。

「あのさ。コレだけ不信なことを言い続けて、更にこういう頼みをするのも悪いんだけど、今日のこと忘れて欲しい。オレが呼び出したとか、誰にも知られたくない」
「忘れることはできないけど、黙っておくよ。確かに説明ができないのなら、他の誰かに言うべきじゃないって僕でもわかる」

 この事がしれたら、ラクルが質問攻めに合うのはわかっている。
 人によっては、彼を強盗の一味と同列に扱うだろう。
 僕がばらすことは、助けてくれたラクルに害を及ぼす事と同意だ。

 彼の説明のなさに納得はいかなかったけれども、助けてくれたことは本当だから。
 僕は無理やり納得して、彼の申し出も了解して、帰路についた。
 人生の分かれ道は、僕を生かすほうで落ち着いて、――終わった。





 23

 月明かりの下。
 オレは自分の家に向かって歩いていた。

 何人かの見知らぬ存在とすれ違う。
 この人たちが次の瞬間に死んでも、オレは何も思わない。
 それは変わらない。
 だけど、エドが死ぬとわかった時手を出してしまった。

 以前クロロが怪我を負って我が家に転がり込んできた事がある。その時もオレは動揺していた。
 クロロが死ぬのは嫌だと思ってしまった。
 あの時と似ている状況。
 だけど少しだけ違う。
 クロロはオレとそんなに変わらない立居地だ。だから、オレがゾルディックだと知っても、何も変わらない。そしてトモダチとして契約してお互いの線引きを知っている。それに関わらない限りは信用ができる。
 だけどエドは、彼らは違う。日のあたる世界の人間。オレのことがわかれば、非難してくるのは間違いない。オレの生き方を否定する存在だ。

 だからこそ、質問で仲間かと問うた。
 オレは旅団じゃないから、仲間ではない。
 だけどもしあの質問が、ラクルは悪1人なのか? もしくは、強盗団とかかわりがあるのか? それらの質問ならYESだ。そうは答えなかっただろうが、そう答えた場合のエドの反応なんて想像しやすい。
 エドは不安だったのだろう。
 彼が友達だと思っている人間が、実は闇に生きる存在だと思いたくなかった。
 だからこその質問。

「後悔……している? どうだろう」

 分からない。
 正直自分の犯したリスクは大きすぎた。
 どう考えても不信な行動。エドは黙っておくと約束したが、話したとき自分の身は不確かなものになる。戸籍も偽装しているんだ、余計に怪しいと疑われる。
 無実であろうと、警察に厄介になりたいとは思わない。
 はたくと黒いほこりは多々出てくる。
 なによりゾルディックとばれ、家族に迷惑かけるのはすごく嫌だ。

 エドを助けられて良かったとおもう気持ちは、確かにある。
 だけど抱えてしまったリスクに、身殺しにすればよかったと思う気持ちものしかかる。

「人と関わるのって面倒だな」

 帰ってコーヒーでも飲もう。
 考えるのをやめ、歩みをはやめた。





 24

 ああ。そういえばコイツはこういう奴だった。
 そう思って頭をかかえたくなるが、盛大な溜息をつくだけに押さえる。

「コーヒーは3人分でいい?」

 リビングに座る、偽者の兄と実兄の2人に向けて問いかけた。

「オレの分だけでいいよ。コレに出さなくてもいいから」とクロロを指しながら話すイルミの台詞に苦笑しつつ、3人分のコーヒー豆をミルで挽く。

 テーブルの上の片隅に、3つの蝋燭が立っている燭台が乗っているのが見える。ゆえに、何のためにイルミが居るのか想像にたやすい。
 そしてイルミがクロロに冷たい視線を投げる理由も。



 美術館の襲撃はすでに一週間前の出来事である。
 次の日には紙面を大きく飾り、その夕方には幻影旅団の仕業だと大きく報道されていた。
 まさしくそのとおりなのであるが。
 死者3人。現場にいた警備員は全員死んだ。客足の途絶えた閉店後ゆえにそれくらいの被害ですんだのは行幸といえた。
 取られたもののリストも上げられていたが、燭台は聖遺物ではなく、ただの古ぼけた燭台として処理され、幻影旅団の目的はなんだ? と3流のドキュメンタリーが面白おかしく報道とかもしていた。

 エドに関しては、ゼルの叔父の善意で、その日は欠勤扱いとなっており、無関係の立場にされ、警察の追及そして、ワイドショーの被害からも逃れていた。
 そうじゃなかったら、旅団から逃れた存在という風に取り立たされてもおかしくない立場だ。

 そしてオレはというと。エドの黙っているという台詞は守られており、無関係として過ごしている。

 ただクロロから、
「例の美術館の襲撃時、一部のブレーカーが落ちたようだ。何か知っているか?」
 と、コーヒーを片手に問われた。

「どうだろうね」
 と返したオレに、「そうか」とだけ返してきた。

 クロロはオレの念を知っている。手口を知っている。
 何かに気がついてもおかしくない。
 機転のいい彼のことだ。むしろ気がついたと取っていいと思う。
 だけど。
 特に何も言ってこない。
 オレも、あえて何もいわなかった。
 旅団に実害は出していない。大丈夫だ。

 エドからの追求もあったが、あの夜のようにごまかすと、彼は諦めたようだった。
 助けられたのは事実としてわかっているようなので、追求しづらいと思っているようだ。
 律儀な性格で助かっている。

 後は何も変わらないいつもの日々。



「それじゃ、愛でるだけでは面白くない。真実を確かめようか」

 クロロが珍しく楽しそうだ。
 お宝の鑑定も好きなのだろうが、イルミが嫌がっている様も、そしてオレがあきれている様もあわさって楽しいのだろう。
 クロロはそういうやつだ。

「それだけのために呼ぶなんて、クロロって本当に物好きだよね」

 と文句をいいつつも、針を取り出す我が兄。
 仕事となれば嫌な事でもやる。さすがゾルディックの鏡といわざるを得ない。

「シルエットまで変える変装は結構ツライんだけど」

 といいながらグサグサと自らに針を刺していく。ビキバキと関節やら、骨やらが軽い音をたてて、イルミの骨格を変えていく。
 何度見ても見事な変身。
 元の姿の片鱗も残さない、あえて言うならば服装だけがそのままで、まったくの別人になりかわる。

「これでいい?」
「充分だ」

 そしてカーテンをしめ、電気を消し、蝋燭に火を灯す。
 暗くなって、揺らめく光がオレ達を照らす。
 視線はイルミの影に集中した。

「……つまらんな」
「お金の振込みを忘れないでよね」
「なんていうか……」

 クロロはとたんに興味をなくし
 イルミはやる事は終わったと、針をぬきはじめ。
 オレはしょぼい結末に肩をすくめた。

 しょせんこんなものかもしれない。

 揺らめく小さな炎がまともな影を作るわけがないのだ。
 もとより影とは詳細をしめさないもの。
 シルエットをかえようが、身長をかえようが、人間だったら人間の影しかできない。
 異形のかいぶつが化けていない限り、このような蝋燭の炎では差異を見つけることは難しいだろう。

 なんていうか。
 オレもクロロもシャルナークも、このちっぽけな燭台に振り回されて終わった。――気がする。


 当然のことながら、後日シャルナークの愚痴につき合わされたのは言うまでもない。