「少しの間泊めてくれないか」
ある日来客を告げるチャイムをうけ扉をあけると、身内以外で唯一オレの家をしる存在が立っていた。
そしてその突然の来客者は、オレの顔を確認しそう切り出したのだ。
「え?」
「言葉の通りだ」
「いや、それは分かってるけど」
オレは溜息ひとつ突き、来訪者クロロを家の中へと招きいれた。そしてリビングへ通し、ソファーに座ってもらう。
彼の姿は逆十字の刺青を隠し、Yシャツにジーパンとラフなものだ。我が家に来る時は、悪人ルックで来るなといってあるからだ。まあ、近所の目を配慮してってやつ。
「なんでいきなり、うちに泊まりたいってなったんだよ」
ソファーに座るクロロに茶を出し、オレはダイニングの椅子を手繰り寄せ彼の視線の前へと座った。
我が家に泊まりたい理由といえば、誰かから身を隠したいというぐらいしかない。だけどちょっとした相手ならシャルでも充分だし、そもそもクロロなら簡単に返り討ちだ。手を焼く相手の最たるゾルディック家は今回動いていない。
わざわざ我が家に泊まりこむ必要性は見当たらない。
「たいした理由ではないのだが」
そう言ってコーヒーを飲み、一旦間を置く。
少々言いにくい理由があるらしい。
「最近メンバーの入れ替わりがあった。それで団員の数名がぴりぴりしている。オレに「1人になるな」と口うるさく言って始終付きまとってくる。心意気は有難いのだが、少々気疲れしてな……。オレも少し羽を広げたくなったわけだ」
その光景を思い出したのか、柳眉をかすかに寄せる。
えーと……。もしかして。
オレにはなんか思い当たる点がひとつある。比較的仲がよい様子を伝え聞く旅団の間柄。だけど、未来に1人だけ不穏因子が混ざる。刺青をしたと見せかけ、実際には旅団員でもなんでもない、奇術師(ピエロ)。
「も、もしかしてタイマンで殺りあおうよ。見たいな事言われちゃったりしてる?」
「その通りだ。よく分かったな」
「まあ、オレも危険人物になりそうな人間はそれなりに調べているから……」
というか、兄の友達かもしれません。そのピエロ。
そして現状オレが一番合いたくないナンバーワンだったりする。オレが青い果実認定されるとは思わないが、快楽殺人者と常に狩られる気遣いをしながら合いたくない。いくら兄の友達だったとしても、変態とお近づきにはなりたくない。
今後おこりうる可能性のある未来の一部を知っているオレは、変態のターゲットに無事認定されてしまった目の前の哀れな狼にちょっとした同情を感じた。
少なからず友情の気持ちも持っている。
変態には合いたくないが。
「まあ……。少しならいてもいいよ」
そうやって、同情から滞在を許してしまったのである。
クロロが我が家に滞在を始めて2日目の夕暮れのことだ。
数少ないトモダチの片割れから電話がかかってきた。
『そっちにうちの団長いない?』
「第一声からそれですか。でも、よく分かったね。居座って朝から晩まで本読んで過ごしてるよ。引き取りに来るならいつでも引き渡すけど?」
現に今も定位置となりつつあるリビングのソファーでは、大きな置物と成り果てたクロロはひたすら本を読み進めている。我が家にもそれなりの本の貯蔵はある。それを総なめに読みきってしまう勢いだ。
クロロがその位置から動くのは、ご飯を食べる時と、寝るときだけじゃないか。そう思われる。あそこまで集中力高く本を読み進め続けるとは、正直予想以上の本の虫だった。
『いや、それならいいんだ』
「いいんだ……」
『クロロから聞いているかもしれないけど、今ちょっと1人にさせたくなくてさ。パクと一緒にいるとおもって安心していたら、一緒にいないって分かってさ。 パクはオレと一緒にいると思っていたらしくて。それで超焦って探したけど見つからない、見つからない。ここまで分からないっていうことはもしかしてと思っ て電話してみたんだけど、ラクルのとこにいて良かった。それならいいんだ。そのまま預かっていてよ』
パクとは旅団員の1人でパクノダのことである。
実際オレはあったことがないのだけど、シャルは他の旅団員の名前も当然知っているかのように話す。彼いわく「どうせ調べて知っているんでしょ? ならいいじゃん」とのこと。否定できないから困る。
「何でオレんとこが免罪になって、そのまま大事なはずの団長様を預けるのか分からないんだけど」
『オレでも居住地探しだせなかったのに、ヒソカが探し出せるわけないからね。あ、ヒソカっていう奴が問題児でクロロをヒトリにさせたくない理由。どうやら 団員になった理由がクロロと戦いたいっていうバトルジャンキーな感じなんだよね。性格がさあ、すっごく変態で、男みて下半身がxxxxxだし、青い果実と かよく分からない台詞いってうっとりしてるし、ひたすらトランプみてにやついてるし、ああいうのをxxxxxとかyyyyyとか……(以下悪口が続く)』
時々放送禁止用語も混じっていたような気もするが、聞かなかったことにしよう。
「クロロおいだしたくなってきた。すなわちクロロがいるとその変態がオレの家に来る可能性があるってことだろ……。オレ変態なんかにあいたくないんだけど」
『あ、もしヒソカがそっちにいったら、頑張ってクロロだけは逃がしてね』
「いつも爽やかに酷いよな。シャルって」
そうして、電話をきった。
クロロの滞在はもう少し伸びそうだ。
『ミル。相談があるんだけど』
シャルからの電話が終わった日の夜。今度はイルミからの電話があった。
普段あまりなる事のないオレの携帯は今日は大活躍である。
「アニキからの相談なんて珍しいね。どうしたの?」
依頼じゃなくて、相談。それはとても珍しかった。なんでも自分ひとりでこなせるイルミである。そして、感情の起伏も少ない。
そんな兄の相談は非常に珍しい。オレに出来る事なら何でもやろう。と思ったのはここまで。イルミの台詞をきいてすぐその考えは覆される。
『オレの知り合いがミルキにあわせて欲しいって。なんかお願いしたいことが』
知り合い……。
「断ってください」
『すばやいね……』
「ちょっと嫌な予感がしたもので」
というか、イルミの知り合いといったらヒソカしか思いつかない。お願いしたいといったら、クロロの位置が知りたいとかそういうオチが予想される。とてもじゃないけど合いたくない。
敬愛する兄の頼みでも、今回は謹んで遠慮したい。
『ヒソカー、ミルは嫌だって。諦めて。』
電話口の向こうでかすかに声が聞こえる。選択を間違えなくてよかった。と非常に安堵したのを追記しておく。
そして……。
無事? ヒソカは我が家に来る事はなかったのだけど、決して平和な日々ではなかった……。
朝から晩までひたすら本を読んでいるだけなので、オレとしては別に手がかかったわけではない。だけど、ゴトーは非常に立腹で何度か切れていた。
「ミルキ様を家政婦のように扱うなんて万死に値する」とのことらしい。
最初はオレの説得もあって、大人しかったけど途中からどんどん笑顔の裏が怖くなっていっていた。
うちに来た時に毎度作ってくれる晩御飯で、クロロの分も作ってくれたのに安心していたら、彼に振り分けたおかずの中に致死量の毒を混入させるというお茶目ぶりを発揮し、それは数回にわたって行われた。
理由を尋ねると「ゾルディックに関わるならば、毒の耐性が多少は必要です」と微笑んでいたが、絶対にオレは手をつけるなといっていたあたり、額面どおりの意味ではないだろう。
クロロもそれなりに毒の耐性があるけど、さすがに手をつけられる量じゃなかったので、そのまま廃棄処分となった。野良の動物がその後死んでいるのが目撃されたそうだけど、関係なかったと信じたい。
イルミがたずねてきた時も、目に見えて分かる不機嫌顔で「こいつ、殺していい?」と尋ねられたものだ。
クロロが滞在費を払うとイルミに交渉し、納得して帰ってもらったのだけど……。あれ、一体いくら提示されていたのだろうな。
取り分はあると思うけど、なぜかオレじゃなくて、イルミの口座に振り込まれるからわからないんだよな。
そんな事がありながらも、クロロは2週間ほど我が家に滞在して「また来る」と残して出て行った。
ヒソカの脅威はなくとも、我が家にいて命の危険がなかったとは到底思えないのだけど、楽しかったようだ。ちょっと彼の感覚がわからない。
どちらかというと、オレのほうが胃をいためたような気がしたのである。
<ボツネタ>