「痛(つぅ)っ」
久しぶりだな。この痛みも。
オレは近くにある木の枝を拾い上げ、骨折した腕にそえ服の切れ端で固定する。
包帯のような伸縮性もない。
完全に固定はできていず、完全なる応急処置。
それにしても、まさかゾルディックが出てくるとは……。
今回の仕事(ぬすみ)は大きくフルメンバーで取り掛かった。
途中までは順調だったのだが、最後の最後で大物がでてきたのだ。
そう。
かの有名な暗殺一家であるゾルディックが。
シルバ・ゾルディックと名乗られた時は思わず納得した。それほどまでに強い男だったからだ。
他の旅団員では手に負えないのは、戦闘が始まりすぐに理解していた。だが、安易に背を向け逃げ出すわけにもいかない。
すでにシルバをなめてかかった旅団員の1人は、彼に背から腹へと大きな風穴を開けられ、物言わぬただのモノとなって、床に赤い染みをひたすらに広げることになった。
オレは他の旅団員に退却命令をだし、時間を稼いだ。
その後何とか隙をみつけ、逃げ出したのだが。
息をするのもきついぐらいの酷い重傷。
だが、命が残っているだけでもマシだな。
だがこの後をどうするかに悩む。
今の状態ではまともに動けない。
格下のハンター相手にでも遅れをとってしまうぐらい動きが鈍いし、力が入らない。
怪我の手当てと、どこかに隠れる必要性があるな。
だが問題はどこにいくか……。
仮家も近くにはある。
だが、所詮仮で使い捨てだ。
探す気になればすぐに見つかるレベルの場所。
これだけ満身創痍な状態で身を潜めるには向かない。
シャルは情報をあつかえ一見拠点の隠蔽をしていそうに思えるが、面倒臭がって手を加えず、他のやつらと50歩100歩でほとんどかわらない。
来ても返り討ちにする、という考えがあるから必要性を感じないのだ。
別に普通のハンターぐらいならば、オレが動けなくてもシャルが倒すから問題はない。
だがもし、ゾルディックが追いかけてきたら。
そう思うと心もとなさ過ぎる。
ゾルディックの目的が幻影旅団の暗殺が狙いならそのまま二人して殺(や)られておわりだ。
1人なら逃げられる可能性もあるが、オレが居たら逆に足手まといになる。
加えて現状、最後まで彼の前にいたのはオレだ。
ゾルディックから見て一番追いやすいのも、オレということになるだろう。
旅団の仲間のところに身を寄せるわけにはいかないな。
だが、幻影旅団(くも)以外は完全に信用できない。
足取りの隠蔽を情報屋に頼むというのもしたくない。
あいつらは確かに“依頼は”こなすかもしれない。だが頼んだ内容を密かに誰かに流す可能性はどうしても捨てきれない。
実際そういう事もあった。
オレは携帯を出す。
ひとつの番号を探し出し、ボタンを押す。
「ラクルか?」
『この電話に他の誰がでるっていうんだよ。電話するならもうちょっと早い時間に頼むよ』
不機嫌そうな声。寝ていたのかもしれない。
そういえば、暑いから早朝トレーニングをしていると言っていたな。
電話をしてみたものの、まだ少し悩んでいた。
こいつの隠蔽操作力はシャルが見つけられなかったぐらいだ。徹底している。
だがこの男の身の上をほとんど知らない故に決定力にかける。
「すまんな。ひとつ聞きたいが、オレはお前をどれくらい信用していい?」
『依頼の話じゃない雰囲気だね。
そうだな。オレは知人が少ないからね。クロロが裏切らない限り、オキニイリの次に裏切らない存在だよ』
彼は基本オキニイリという存在のために仕事をする。そして、そのオキニイリという存在が彼の逆鱗で、その逆鱗に触れる行為はタブーだというのは前々から分かっていた。
それ以外には裏切る要素がないと言うのならば悪くない。
「悪いが、頼みがある。渋るのは目に見えているんだが、少しの間お前の家に泊めてもらうわけにはいかないか?」
ラクルは渋ったが、了解を得ることができた。
後はゾルディックの動向と、回避方法も同時に調べなければならない。
シャルに頼むか……。
あいつを危険に晒してしまうが、重傷を負ったオレよりかは身軽だ。
クロロは携帯を取り出し、なじみの番号をおして携帯をかけた。
<終わりの情報屋>
♪〜♪♪♪〜〜♪〜♪♪
すべてが終わった後、ポケットにある携帯が着信を注げるメロディを奏でる。
時間はすでに10時をまわり、11時に近いぐらいの時間。
クロロはすでにバークレイの屋敷をあとにし、人通りの少ない夜道を歩いていた。連れの姿はなく、1人だ。
「オレだ」
『もしかしてカタが着いた?』
「ああ、そっちは無事か?」
『うん。どうにか。ぎりぎりってところだけどね。ゾルディックと鬼ごっこはもう遠慮したいよ。こっちは昨日死んだ8番以外は全員無事。ちょっと前までゾルディックから、だましだましで皆と協力して逃げ回っていたけど、なんか電話がきてどっかに消えてさ。一応警戒は続けているけど、その様子だと安心してよさそうだね』
シャルナークは心底ほっとしたという感じで言葉を継げる。
夕方すぎの連絡で見つかりそうだという事は聞いていたが、思った以上に大変な状況だったようだ。
ラクルというゾルディックの情報屋の動きを止めている為、今日中ぐらいは見つからないだろうとクロロは予測を立てていた。
だがそれは甘かったようだ。どうやらゾルディックは他にも優秀な情報技能者を抱えているらしい。
「見立てが甘かったようだ。すまない」
『この危機を乗り越えたクロロの技量を賞賛はするとしても、責めることは無いと思うよ。それじゃ、全部終わったところで、どうやって収束したのか教えてくれる?』
クロロはシャルナークにいろいろと頼んであったが、理由までは話していなかった。ゾルディックの番号を調べさせた時も。
もちろんシャルナークは「どうして?」と聞きはしたが、「すべて終わった後に説明する。上手く回るか分からないから今はダメだ」とクロロは話さなかったのだ。
シャルナークは「説明してくれるよね」と重ねて聞いてきた。
クロロはどこから説明しようかと、今日の出来事を思いだし、口端をほのかにあげニヤリと笑みを浮かべた。
この様子をシャルナークが見えていたら、こっちは苦労したのに、クロロは楽しそうだね。とでも皮肉のひとつでも飛んだだろう。
今回、旅団の危機だったのは間違いない。だがクロロにとって収穫は大きい。
まずゾルディックに狙われた時の適切な対処方法の発覚。
今後旅団の活動を続けるにあたって、ゾルディックから狙われる可能性はいくらでもある。今回狙われたのも来るべき日が来ただけにすぎない。
対処方法さえわかれば、今後また依頼するような馬鹿が現れても対処ができる。
幻影旅団のメリットとも言えるだろう。
そしてクロロの個人的なメリットとして、ラクルという人物の事がわかったという点があげられる。
(本屋であったときはほんの気まぐれだったのだが……)
綺麗なオーラをしていて、念が使えることはすぐにわかった。使える発だったら奪ってやろう。そう考え、雨という足止めも手伝い近づいたのがきっかけだ。
発を奪うのではなく、情報提供者としてラクルと契約を交わしたときも軽い気持ちだった。
飢えもなく、荒波にもまれたこともなく親の庇護下ですくすくと育ったのが丸分かりの体型。そして年の若さ。手酷い裏切りを受けたことのなさそうな表情。
そんなラクルの姿に過剰な期待は持てない。
それでも彼を必要としたのは、クロロが必要とするタイプの情報屋が少なかったからだ。
裏の情報屋は数多くいれど、腕はともかくも「信用できる」ところは実は多くは無い。
大半が物欲にまみれているだとか、誰かに肩入れしている、人には言えない趣味思想をしている変人など使いにくいタイプ、もしくは正義かぶれでオレらのような犯罪者には情報を売らないかのどれかに当てはまる。
そういう「信用できない情報屋」よりは、腕は劣っても嘘をつかず他に情報を売ることのない存在を確保したかった。
しかし彼に仕事を頼めば頼むほど、その存在を手放すのがおしくなり、交わした契約が軽率だったと悔やまれる事になる。
ラクルは非常に腕がよかった。
引き受けた仕事は完璧にやりとげる。シャルナーク以上に情報多く、見やすくまとめられたレポートで提出する。
たとえそれが殺人や強盗の手引きだと丸分かりの依頼でも、まったく気にしたそぶりは見せない。
付き合っていく上でも、問題ないどころか好感はあがっていた。
クロロ達が犯罪者だと分かっていても特別扱いはなく、同じ人として接してくる。そのわりに逆鱗となるところは踏まえているのか、引くべきところでは引く事を知っていた。
加えて本を語れる数少ないひとりになり、子供っぽい仕草や行動は兄貴分をとることの多かったクロロには新しい弟分のように感じられた。
あっという間に、手放し難い存在となった。
それゆえに身元が分からない事と、オキニイリの存在という欠点が目に付いた。
身元を隠しておけば、ラクルはいつでも姿を消すことができる。そうなった時、見つけることは簡単ではない。経験は語る、だ。そして今度は地域すらも限定されない。もはや再会は不可能だろう。
そしてオキニイリの存在。ラクルは「オキニイリが絡まなければ裏切らない」と言い行動するが、「オキニイリが絡んだらクロロでも裏切るよ」とも言う。それなのに、オキニイリがダレなのか教えない。
せめてオキニイリが誰かがわかれば手のうちようもあるのだが、契約があり調べることもできない。
契約を破ること自体はなんとも思わないのだが、ラクル相手に試す気にはなれなかった。
彼は神経質で潔癖なところがある。一度契約を破棄したら、信頼を取り戻すのは労力がいる。試すにはあまりにも危険な賭けだ。
いずれ何とかしなければならない。そう思っていたところだったのだが。
(それにしても……。まさかオキニイリがゾルディックで、ラクル自身もゾルディックだとは)
腕が立つのも当然だ。
「思いもよらなかった」とも言えるし、「なるほどな」ともいえた。
身を寄せた時には予想だにしなかったが、知ってみればなるほどと思うのだ。
『団長?』
「ああ、すまない」
どうやら思惟にふけり、シャルナークへの返答がおくれたようで、クロロは軽く謝る。
「そうだな。何から話そうか。とりあえず、ラクルのおかげっていうのは確かだな」
傷をおったあの時、ラクルの元に行かなければこれだけ早い解決はなかった。ゾルディックからの回避方法を調べるのにも時間はかかるだろうし、依頼主を探すのももっと時間がかかったはずだ。
クロロはシャルナークに何から話そうか。そう悩みながら今日の経過をぽつぽつと説明を始めた。
とりあえず、ラクルの発とゾルディックという身元は黙っていてやろう。しゃべったと言ったら彼は本気で拗ねそうだ。
(すでに拗ねている可能性は高いか……)
その可能性を見出し、シャルに気づかれないように微笑した。
「へえ。ラクルって結構戦闘もやれるんだ」
ラクルと一緒にバークレイ邸に乗り込んだという話のくだりで、シャルナークは意外とばかりの声をあげた。
「ああ、悪くはない。まあ、まだ少々体が重そうだが。でもだいぶ痩せてきているし、近いうちにある程度までは動けるようになると思うな」
『オレてっきり、戦闘はまるでダメだと思っていたよ。そっかー。それなら蜘蛛に誘わないの?団長だいぶラクルのこと気に入っているみたいだし、ちょうど8番もかけたことだし。あいつの情報収集能力があれば、オレも楽になるしさ』
電脳ページや、パソコンを使いこなせるのは旅団ではシャルナークだけだ。その為、旅団員みんなから頼みごとが集中する。
忙しいと文句や愚痴をよく言っていたことを、クロロは思い出した。
確かにラクルならば蜘蛛の一員として問題ないように思われる。
シャルナーク以上に情報を集めてくれるだろうし、念の使いこなし方も悪くは無い。土台となる動きはまだ鈍いものの、ゾルディックという血筋ならばポテンシャルは期待できる。
発は全貌がわからないが、機械を操るもしくは変化させる系統。完全なるサポート特化とみて間違いない。
旅団には血の気が多い人間がおおく、前衛タイプが多くサポートタイプは少ない。
そういう意味でも欲しい人材である。
ただし、オキニイリ第1のあの思想さえなければ。
今回ラクルは旅団側についたようにみえて、実はそうでもないこともわかっていた。
依頼人を殺す手伝いをしただけで、オキニイリから旅団を探せといわれたら断れない。だから携帯を切っていたのだ。
オキニイリと敵対しない限り、という表現がその最たるもの。
(ポケットに携帯を入れておいて「忘れた」なんてわかりやすい嘘をつくあたり本当に稚拙だな)
クロロは盗賊だ。ポケットに携帯が入っているのはすぐにわかった。
だがその考えがわかったからこそ、気がつかないフリをした。
「いや、やめておこう。ヴボォーやノブナガ当たりが反発しそうだ。あいつらは血の気が多いからな」
本当は欲しい。そう思いながらも逆のことを口にだす。
オキニイリ第1主義がある限り、ラクルは旅団に入ることはないだろう。それでも無理やり入れたら、家族の報復がやってくるかもしれない。
さすがにこちらからゾルディックに喧嘩の種をまくつもりはない。
『あはははは。確かに。あいつら裏方の必要性とかまるで考えてくれないもんな。力至上主義だから、ラクルのこと認めなさそうだね』
「まあ、これからもオトモダチとして仲良くしていくさ」
『そうだね。オレもラクルのこと結構気に入っているしね、今度お礼もかねて遊びにつれだそうかな』
シャルナークの遊びときいて、健全なものが浮かばず、密かにラクルがついていけるか心配になったが、それはまた別の話。
クロロは携帯をきって、ひとり帰路をゆっくりと歩いた。
<ボツネタ>
<ボツネタ前半>
ラクルの部屋にいくとそこも考えられたレイアウトだった。
たとえばベッド。窓とは離され睡眠時に射撃されない位置にある。
たとえば本棚。敵に突入された時、部屋に立てこもりに使えるようドアの横に配置してある。
窓だって普通の窓ガラスではない。厚さもあり、防弾ガラスのようだ。
一番安全な部屋というのは本当だろう。
「あいつ、本当に何者だ?」
オキニイリ相手の情報屋にしては、安全確保の仕方が徹底すぎないか?
<文中に表現できなかった設定後半>
シャルナークは面倒臭がってレポート形式にはしない。大きい仕事をする時はレポートも作成する。口頭での説明をメインとし、基本印刷物に文字は少ない。
ミルキは時間がなくてもレポートにしたがる神経質派。口で伝える時もレポート形式。
クロロにはミルキがあっていて、大半の旅団員はシャルナークの形式の方を好むと思われる。