15.ミルキとゾルディック

<仕事のお手伝い>


 目的の部屋の前につき、ドアの前にあるオートロック製の施錠キーの暗証番号を打ち込む。
 難なく鍵が開く軽い音が聞こえ、ドアノブをひねった。

「先輩、交代の時間です」

「おう、新人。もうそんな時間か。そろそろ仕事もなれたか? まあゆっくりがんばれよ」

「はい。ありがとうございます」

 オレは、元々中にいた背の高い男とそんなやり取りを行う。
 部屋の中はたくさんのモニターと、壁の一角を占める機械。
 男とオレは統一された同じ制服を着ていた。





 オレは架空の人間の戸籍を使い、あるホテルの管理会社に入っていた。

 ことの発端は、イルミはある要人の暗殺依頼をうけおった事にある。
 その要人というのはアイジエン大陸にある小国の政治家で、悪政を行うと裏では評判の人間だ。一応裏をとってみたが、実際に賄賂や癒着、税金の横領などを幅広く行っていた。

 表では国民の為とか歌っているのに、裏は真っ黒。
 国民は大変だな。と他人事ながら同情した。
 オレのすんでいるパドキア共和国はここまでの悪人はいない。

 依頼人は反組織に位置づく小規模な団体。
 まあ依頼人はこの際関係ないか。
 とりあえず身元や護衛数などを調べていくと、ターゲット自身悪行のせいで、狙われている自覚があるのか、ガードが固かった。その為、オレがサポートに入ることになったわけ。

 普段よくやるのがターゲットの家に忍び込んでの暗殺だけど、邪魔な駒は多く、こちらの人手は少ない為、出先での暗殺の実行を計画。
 そして、オレはその下準備でここにいる。
 実行日は今日の夜22時。ターゲットは夕食をとった後、ホテルの最上階のバーで癒着先の会社の社長と供に晩酌を行う。その時、イルミが暗殺を行うことになる。

 オレの役割はターゲットまでの通路の確保と、護衛の撹乱といったところ。
 実際潜入までしてのサポートは初めてなので緊張する。

 でも、今回は拒否権が実質なかったんだよな……。
 オレは思い出しながら溜息を突いた。

「マフィアの邸宅まで忍び込んで遊べるぐらいなら、これくらい大した事ないよね」
 と、イルミに言われ。
 オレは、「……はい」としか言えなかったんだ。

 そんなこんなで来てみたけど、準備は上々。
 年齢を偽って入っているとはいえ、こんな若造がセキュリティールームに入ってもいいの? と心配になったりもしたけど、いつもはただ画面を眺めるだけの作業。ダレでもできる仕事らしい。実際ターゲットが来る重要な時間は熟練の人たちが担当になる。

 ま、その時間は寝てもらう予定なんだけどね。
 部屋の中には、時限装置付の睡眠ガスが仕掛け済み。
 シャルナークと一緒に戯れて作る、くだらない物も時にはメリットがあるのだ。

 他にもホテル内部に、いろいろと分からないように仕掛けを施してある。
 後は時を待つのみ――。





 その日の夜更け。
 オレの仕事自体は非番だったのだが、管理会社の制服に身を包み目的の部屋へと入りこむ。
 途中で誰かとすれ違っても、当然ながら気にする人はいない。

 目的の部屋につき、ロックをはずして中に入る。ガスはすでに換気扇から抜けている。もし残っていても毒になれたこの身では効かないだろう。
 部屋の中は沈黙し、静かに機械音が鳴っていた。
 床には男が二人倒れこむようにして、寝入っている。
 オレは手早く男を縛りあげ、目と口をふさいだ。

 そしてモニターの前の椅子に座り、インカムを耳につける。

「アニキ、聞こえる? こっちの準備はオッケー、いつでもいいよ」

『分かった。思ったより早かったね。手はずどおりでいい?』

「うん、問題なし。ターゲットも調べどおりの部屋だよ。今エレベーターを誰も使っていないからそれに乗って。途中で止まらないで屋上まで直通させる」

 モニターを見ながらイルミに指示を出す。
 エレベーターはこの部屋からある程度の操作は出来る。ロックはかかっていたが、機器である限りオレの前に不可能はない。

 イルミがエレベーターに乗ったのを確認してすぐに、用意しておいた時限爆弾のスイッチを押す。
 最上階のターゲットのいるバーと一番はなれた場所で軽い爆発が起きる。
 たくさんの護衛たちが、音に驚きざわめいたのがモニター越しに見てとれた。

『おい。管理室。この爆発は何だ!』

「侵入者だ! 敵は8人と結構多い、何人か向かってくれ! 要人に近づく前に片付けたい」

 そう嘘の情報を言うのは、オレの声じゃない。
 今日この当番の時に入る事になっていた先輩の音声データを解析して、作った嘘物の音声。
 じかに聞けばかすかに聞こえる機械音に気がついたかもしれないが、所詮無線越し。分かるわけが無い。

 実際陽動に引っかかり7割の護衛が移動する。

「こっちは順調。5人残っちゃっているけど、よろしく」

『思った以上に少ないね』

 そしてイルミが屋上に到着する。
 何人か護衛は残っていたけど、イルミなら問題ない。実際にすばやく処理し、バーに入っていった。

 陽動に引っかかった護衛の奴らが、何かおかしいと気づいた時にはもう遅い。オレは防犯用のシャッターを落とす。シャッターの向こうで喚いたり、シャッターを殴りつけていたりしているが、高級ホテルの防犯シャッターが簡単に壊れるはずが無い。
 管理室の無線のコールが何回か鳴るけど、もちろん無視。

 随時送られてくるモニターの映像のおくで、ターゲットである要人と、癒着先の社長がイルミによって命を散らされていた。
 イルミは鋲(ビョウ)のような針のような特殊な念武器を使う。
 ナイフと違って血が散る事がないので、死体が2つ並んでいるとはいえ綺麗なものだ。ただ蝋人形がふたつ並んでいるような感覚にとらわれる。

 オレは多分、身内以外の死に対して相当淡白な思考を持っていると思う。
 暗殺の手伝い、盗賊の手伝いがイコールとしてどんな結果を指し示すか分かっていても、その手伝いを嫌だと思ったことなんて無かったし、兄や友が人殺しをする瞬間を見たところで、何も思わない。
 手際がすごいな、ぐらいで。

 倫理を分かっていないわけじゃない。薄いのは否定しない。
 前からそうだったのかと言われると、分からない。知識はあるけど、記憶がないから。
 ハッカーみたいな一般的に悪いとされる事をやっていても、その結果家族が喜んでくれるから、もっと頑張ろうって思う。
 人殺しが倫理に反すると分かっていても、周りの人間が当たり前のように人を殺すから、自分の中でダメだとは思えない。

 この世界で生きるにはそれで問題ないわけだけどね。
 それにすでに家族を1番にするって誓っている。その誓いは未だに継続中。

『こっちは終わったよ。オレも脱出するから、ミルも抜け出しなよ』

「うん。すぐ追いかける」

 イルミがエレベータから降りたのを確認し、監視カメラのデータを改竄し、オレもその部屋から抜け出した。

 部屋から出るときに片隅に縛られている男が視界に入る。
 まだ眠っているので、オレがこの部屋にいたことを証明できる存在は無い。





「こっちは無事脱出。そっちはどう?」

『問題ないよ。ミルも帰るまでは気を抜かない』

「分かってるよ、子供じゃないんだし。それじゃ通話きるからね」

 何かアクシデントが発生する事もなく、オレはホテルから抜け出しに成功していた。

 シャッターやエレベーターの動きがおかしいという地点で、管理室に向かう護衛やら職員はいた。その足止めのため、その工程もシャッターでふさいであったため、帰り道は5階の窓からのダイビング。
 5階ぐらいなら、問題ないぐらいにはなっている。
 クロロみたいに屋上からとか、キチガイめいたことはできないんだけどさ。

 その窓が裏道に面していて、普段人通りが無い事も調査済み。
 そしてオレはインカムをポケットに仕舞いこみ、夜も更けまばらしかない人通りの中を何気ない顔つきで歩き出した。
 ホテルの中の喧騒は防音設備の為、外までは届いてなく、時々すれ違うこの人たちも明日の新聞を見るまでこの事に気づかないだろう。

 気配を探ってみたが、オレを追ってくる奴はいない。帰ったらコーヒーでも飲もうと、のんびり考えて夜道を歩いた。








<増えてしまった欲望>


 ピンポーン

 チャイムの音がしてドアを開けた先には、忙しくて来る事のなかった我が父シルバがいた。

「親父……?」

 思わず疑問系になってしまうのは、本当に珍しかったのだ。
 仕事先であったりはする。だが当主である彼は忙しく、本家でさえ毎日帰宅するわけではない。そんな状態で本家から距離のある我が家にわざわざ来る事はなかった。

「元気そうだな。少し邪魔をするがよいか?」

「もちろん。あがっていって」

 イルミやゴトーは何も言っていなかった。特に何かあったようにも思えない。オレはシルバを招き奥に通しながら、少々首をかしげた。




 カチャ

 コーヒーカップをシルバの前に置くときに、カップがかすかな音をたてた。
 オレの前にもおき座る。

 リビングのソファーはテレビと向き合っており、対面にソファーはない。
 だからオレは床に座ることになり、ちょっと見上げる感じでシルバと向き合う。

「キルが天空闘技場から帰ってきて以来、キキョウはキルにかまいぱなしだ。あれの過保護も落ち着いているだろう。どうだ? そろそろ我が家に帰ってこぬか?」

 オレが家を出た理由。それはキキョウの過保護がすごくて満足に体を鍛える事ができなかったからだ。
 あれからある程度鍛え、キキョウを安心させるだけの事もできるし、興味もキルへと傾いている。監禁まがいの事をされる事はないだろう。
 そう考えると、もうオレには家を出ている必要はない。

「……」

 だけど、帰ると即答できなかった。
 家に帰ったら家族以外とのやり取りは格段に難しくなる。出た当時なら問題はなかった。喜んで帰った。
 でも今は、小さなつっかえがある。もう少しだけ、このままでいたいと願ってしまう理由が出来てしまった。

「ここにいたらダメかな」

「オレはミルのバックアップを期待している。そういう意味でも近い場所に住んでいた方が便利ではある。だがそんな事より、ここではセキュリティーが甘いのだ。ゾルディックは恨まれる仕事をしていて敵も多い。分かっているな? ここは安全な場所ではない」

 厳しい事を言っているようだが、心配しているのだと、言外に言っているのが分かる。
 オレはシルバの優しさで目が熱くなる。
 だけど。

「分かってる。だけど、もう少しだけ時間をください。あと少しだけ。そうしたら帰るから」

「そうか」

 シルバはぐしゃぐしゃとオレの頭をかき撫で、帰っていった。
 何年か前と同じ大きな手だった。

 オレはシルバの背中を見ながら自分を恥じた。
 最初は家族だけでいいと思っていた。何もない中家族だけが救いだった。
 だけども人は欲張りで、家族とは違う、友という存在を知ってしまったら、それも手放せなくなってしまった。家族の方に大きく比重はある。それは誓って言える。
 それなのに自分の何もない世界の中増えた繋がりを、もう少し楽しみたいと望んでしまった。オレは欲張りだ。

<ボツネタ>
シャッターにはドアがついているんだよ?
ドアは先に釘でうちつけちゃえばいいんだよ!

でもいつやったんだろうね……
ご都合主義発揮中!!!