18.1次試験:単純馬鹿

 ヒソカと挨拶を済ませた後、オレは彼から離れ壁の一角にグーイと供に陣取る。
 グーイの背を撫でてやると、気持ちよさそうに目をつぶる。
 癒されるなぁ。
 トンパとヒソカの2段活用によって、目減りしてしまった‘何か’がじょじょに癒されるのを感じた。

 トンパはうざいほど付き纏ってきたし、ヒソカは変態ルックだし。
 そりゃね。ヒソカに関しては、まともな格好で来てくれる可能性の方が少ないんじゃないか。と、予測は立てていた。
 だけど予測はついていても、思わず気落ちしてしまうのは仕方ないと思うんだ。
 試験が実際何日間に渡って行われるかは分からないけど、1日や2日で終わるわけじゃない。その長さを考えるとまた溜息が……。
 ああ。でもそんなヒソカでも、トンパよけに使えると分かったのは、メリット……ってほどでもないか。はぁ。

 そんなこんなを、ぐだぐだと考えていたオレだけど、特に変化も娯楽もなかったので、人間観察をちまちまとしていた。

 主人公として活躍する面子、ゴン、クラピカ、レオリオの三人組が来たのも目撃した。
 漫画としての顔じゃなく、人間としての顔は知らなかったから、確信はもてないが多分あっていると思う。
 レオリオの眼鏡スーツ姿、ゴンの11歳という若さ、クラピカの美少女と見まがうばかりの容姿という組み合わせは非常に特徴高く、纏う雰囲気というものもイメージどおりで分かりやすかったからだ。

 どうやら、オレというバタフライの羽ばたきは特にトルネードを起こすほどの威力はないらしい。(※)
 イルミという主要人物がいないだけで、他の面子に大きな変化はなさそうだった。

 その流れで、ヒソカのちょっとした遊びも目にした。
 受験者の腕を切り落としたのである。
 この出来事は周りから要注意人物と印象づけるのに充分だった。実際危険人物だから、死にたくなかったら近づかないのは賢明だと思う。



 ◇



「ではこれより、ハンター試験を開始いたします」

 けたたましいベルの後、試験官であるサトツはそう宣言し、試験の説明を行ない一斉移動が始まった。
 1次試験はサトツについて行く事。

 最初はゆっくりペースだったのだけど、スタスタと途中から速度が速くなり、走り出す受験生が増えていく。
 オレもそれについで走り始めた。グーイも揺れる肩の上じゃ居心地が悪かったのだろう。翼を広げ飛翔した。





 ひたすら走り続けること5時間以上。
 特に目立つつもりもなかったので、常に団体の真ん中当たりを人波に逆らわず走行する。

 通路はやがて、平地から階段になり脱落者も増えてきた。
 オレも背中や、額にじっとりと汗が浮かんでくる。
 鍛えていない訳じゃないけど、少々日ごろの運動不足と、体を動かし続けるという耐久力的な意味で、ちょっと鍛錬不足だったかもしれない。

 だけど、それは基準を大きく上げた場合での話。
 確かに汗や息が上がってきたけど、まだ半日ぐらいは走れるぐらいの余裕はある。オレは汗をふき取り、脱落者の横をすり抜け走行を続けた。


 その直後、階段を登り始めてしばらくたった時。
 後ろから「うおおおおおおおお」と奇声を上げながら、オレの横を追い越し、階段を駆け上がっていく男をみかけ、驚き思わず凝視してしまう。
 奇声もだけど、上半身の服を全部脱ぎながらも、ネクタイだけは着用。走っているせいで、たなびくネクタイはちょっと異様というか、なんというか……。

 そして

「フリチンになっても走るのさ――!!」

 という台詞を吐く様は、オレに更なる驚きを与える。
 やばい。あれはヒソカ並みだ。と。

 つい思わずじろじろ見てしまったのだが。その姿に見覚えがあった。

 あれって、レオリオ……か?

 追い抜き駆け上がるも、疲れたのか、オレの走行する位置からわりと近い位置でスピードを落とし、回りにあわせ走行を始める彼。
 離れなかったのを幸いに、もう一度彼の姿をマジマジと見る。
 やはりレオリオで、オレが一方的に知っている人物だった。

 インパクトがすご過ぎて、思わず見続けていると、金髪の青年がレオリオに近づき話しかけ始めた。
 クラピカか? 後ろ姿だからイマイチ分からないけど。

「レオリオひとつ聞いていいか?」

 近いのもあって、普通に声が聞こえる。多少は声を潜めているのだろうが、回りで無駄話をする余裕のある人間もおらず、声はわりと響く。

「ハンターになりたいのは本当に金目当てか?」

 なんか記憶にひっかかる口述?
 こんな事ならマジで内容覚えておけばよかった。
 そう後悔するが、今更遅い。

 彼らの会話は続く。

「金儲けだけが生きがいの人間は何人も見てきたが、お前はそいつらとは違うよ」

「けっ! 理屈っぽいヤローだぜ」

「緋の眼。クルタ族が狙われた理由だ」

 ――!!

 その台詞を聞き、オレは思わず声をあげそうになったがぐっとこらえる。

 緋の眼やクルタという言葉は、オレのかすんだ記憶を呼び戻す。
 クラピカは、クルタ族を滅ぼした幻影旅団を仇とし復讐を誓い、同胞達の目も集めると、レオリオに話しかけるシーンがあった。
 レオリオがただの金の亡者じゃないと分かり、クラピカが彼を認める重要なところ。

 だ・け・ど!
 こいつ馬鹿!

 視線を動かさないで、軽く回りの気配をうかがう。

 ヒソカの独特の濃厚な気配が触れる。円をしなくても、彼の隠そうとしない殺気交じりのオーラは分かりやすい。

 ……やっぱり居た。

 オレは疑問だったんだ。
 ヒソカはいつクラピカが幻影旅団を仇としている事を知ったのか。

 当事者になってみれば、簡単すぎる問題だった。
 オレにも聞こえる声量。そりゃ大きい声って訳じゃないけどさ。あれだけ目立つ行動したレオリオに視線集まっているところで、いきなり自分の秘密を暴露するのは馬鹿だと思う。

 グーイ、悪い。行ってくれ

 念鳥はオレの意志を受取り、スピードを上げる。そして迂闊な発言を続ける金髪の頭の上に止まった。

「なんだ?!」

「この鳥は何処から?」

 本当は接触する予定はなかったのだけどね。
 ヒソカが余計な事を知らないですむのなら、この接触には多少の意味はあるだろう。

 強制的に話を寸断させた状態の2人に、その間にオレは近づいた。

「オレの鳥だよ。手を出さないで欲しいな」

「ああ? お前自分のペットのしつけぐらいちゃんとしやがれ」

「うるさいよ。単純馬鹿」

 グーイはクラピカの頭から退き、オレの肩へと飛び移る。
 クラピカは乱れた髪を手串で直しながらも不機嫌顔である。

「ペットの責任をすべて飼い主のせいにするつもりもないが、謝罪は必要だ」

「あんたも結構馬鹿だったんだ」

「誰だか知らないが撤回してもらおう」

「嫌だよ。ここはハンター試験会場だ。街中の雑踏とは違い、いろんな奴がいる。そんなことも分からないで、ちんたらとでかい声で馬鹿な話をしているから、オレの鳥にからかわれるんだよ。
 そっちの単純馬鹿も、半裸ネクタイで変態発言していたら、ピエロと変わらないよ」

「っ!!」

 どうやらクラピカはオレの言わんとすることに気がついたらしい。
 ここにはプロハンターでこそないが、アマチュアの契約ハンターや懸賞金ハンターぐらいいるだろう。情報屋の卵や、ヒソカみたいな賞金首もいるかもしれない。

 そんな中で自分がクルタ族だと、緋の眼というお宝を持っていると明言するなんて、馬鹿な行為だ。
 今はハンター試験中で、受験生同士のいざこざにより命を奪ったところで罪にならない、いわゆる無法地帯。
 偶然聞いた欲にかられた奴らが、わざと絡んでくる可能性は高い。
 彼もそれなりに強く、跳ね除ける事は出来るかもしれないが、わざわざ敵を増やす必要なんてないのだ。

 オレとしてはクラピカの価値が高かろうと、敵が増えようと関係ない。幻影旅団を仇としているという情報が、ヒソカに届かなければ充分だ。

 ちなみに、レオリオに向けた台詞は、ヒソカなみに目立っているという意味合いを加えてみたんだけど、まあ彼にわかってもらうつもりはない。何せ強化系(予測)の単純馬鹿は正面そのままの意味しかとらえない。

「どういう意味だ!」

 思ったとおり、レオリオが息を上げながらも、詰め寄ってくる。

「よせ、レオリオ。どうやら私が迂闊だったようだ。すまなかった。君の名前を聞いていいか? 私はクラピカという」

「……ギタラクル。覚えなくてもいいよ」

「誰が覚えるかっ!」

「オレは単純馬鹿がキライなんだ。丁度いいね!」

 クラピカは何かを言おうとしていたが、口述を聞く前に颯爽と二人から離れた。
 オレが離れた後も、特に中断した会話の続きがされる事はない。
 それでなくては、割り込んだ意味がない。

 どんな影響があるかは分からないけど、こいつらがヨークシンに現れない未来が来るといいなと思う。
 来たとしてもたぶんオレが違う未来を作り出すと思うけど。





「ずいぶん親切なんだね♠」

「……関係ないだろ」

 横をみるとニヤリと薄笑いをしているヒソカがいた。
 気配消しながら近づくなよ。心臓に悪い。

 当然かもしれないけど。さっきのやり取りはばっちり見られていたらしい。
 クラピカの発言が何処まで聞いていたかは知らないが、とりあえずクルタ族だとか幻影旅団が仇だとかが明言される前には遮った。
 クルタ族は全滅しているというのが、一般的な見解だ。怪しんだとしても、クルタ族を探しているとか、緋の眼を集めている程度のにしか思わないはずだ。

「イルミみたいに他人に興味ないと思っていたんだけど。彼は特別なのかな? 実に興味をそそるね」

「ただの気まぐれ」

「そうかい? じゃあちょっと試験ごっこでもして、彼らの力でも図ってみようかな」

「勝手にすれば。別に殺してもいいよ」

 特に殺して欲しいという訳じゃなかった。
 今現在では毒にも薬にもならない存在だ。ヒソカに駒として認識されると後々まで響いて厄介だから、つぶせるならつぶそうと動いたが、それ以上は特に今動く予定はない。
 だけど殺したいと言うのを、止める必要もないのだ。

「じゃあ、その時は手伝ってくれるかい?」

 オレが了承すると、ヒソカは「楽しみだ」と舌なめずりをした。





 その機会はわりとすぐやってきた。
 地上に出たヌメーレ湿原でのマラソンで、霧により視界が分断されてきたのだ。

 ヒソカは嬉しそうにしている。
 どうやら試験があまりにも退屈でダラダラと進み具合に飽きて、血が見たいという衝動が湧き出てきたのも、試験官ごっこの目的にプラスされているようだ。

 いや、この場合は逆かな。
 血が見たい衝動でやろうと思っていた所に、目標(ターゲット)がプラスされただけ。そして間近に迫った楽しみに殺気がもれているのがきっと正しい解釈なのであろう。

「それじゃ、行ってくるよ♥」

「ご自由にどうぞ。とりあえず、2次試験会場についたら連絡入れる。ああ、これ簡易レーダー機能もついた無線機」

 オレは携帯程度の大きさの無線機を、ヒソカに向かって投げる。
 携帯番号を教えた暁には、後々に変態に付きまとわれる可能性がある。その危険性を回避しようとあらかじめ用意したものだった。

「携帯番号でも良かったんだけどな」

「遠慮しておくよ。番号変更が面倒だからね」

「酷いな♣」

 だから、何でオレの番号が欲しいんだ?
 疑問に思う。無線機を用意してきてよかった。

 くつくつと笑うヒソカは濃厚な死の気配に身を包んでおり、まるでその姿は死神のようだ。そして彼は殺気を隠すことなく、霧が更に濃厚さを増しチャンスが来るのを待った。
 死人が何十人と出るな。
 オレは今後起こりうる惨劇を予測した。

「レオリオ――! クラピカ――! 前に来たほうがいいってさ!!」

 黒髪のツンツンの少年ゴンが、叫んでいる。

「どアホー! 行けるならとっくに行っとるわい!」

「そこを何とか頑張ってきなよ!」

 ゴン……。たぶん、レオリオとクラピカは頑張って前に出たとしても、ヒソカからの試験からは免れないと思うよ。
 ヒソカのお遊びの目的の中のひとつに、あの二人を図りたいっていうのがあるからな。

 やがて、それを証明するかのようにレオリオの「ってえ――−!」という悲鳴が聞こえる。

 さて、とりあえずオレは2次試験会場に無事着かないといけない。
 二人がどうなろうと、わりとどうでもいい。

 オレは試験官を見失わないよう、前の方へと走り出した。

(※)バタフライ効果・バタフライエフェクト
通常なら無視できると思われるような極めて小さな差が、やがては無視できない大きな差となる現象のことを指す。カオス理論を端的に表現した思考実験のひとつ、あるいは比喩。
『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』に由来する