ほんとに普通の定食屋だなぁ。
オレはザバン市ツバシ町にあるなんの変哲もない大衆食堂を眺め、一大イベントの始まりを感じていた。
年はあっという間にあけ、オレはハンター試験を受けるべくこの町までやってきた。
場所は調べるまでもなく、ヒソカが知っていたのでイルミ経由で教えてもらったわけだが、予想通りの場所。そして、予想通りの見た目。
この先にまっている面倒さを考えると、溜息も出てしまう。
とはいえ、尊敬するシルバの言いつけだ。ハンターライセンスは確実に取ってかえらなければいけない。
その為、万全を備えてグーイは最初から具現済み。
試験で念の使用は禁止されていないが、知らない人に教える行為は禁止らしい。使役生物の持込はOKなので最初から一緒の方が不自然じゃなくていい。
オレはグーイとともに、素朴な作りの店のドアをくぐった。
「すいませーん、ステーキ定食ひとつ。弱火でじっくり」
入って店のおじさんと目が合うと、ハンター試験用の合言葉を言う。
その為もあってか、鷹を連れているのに対して何もいわない。普通の食品店ならばダメだとは思うのだが「あいよ」と気軽に答え、調理を続ける。
「お客さん、奥の部屋でどうぞー」
定員の案内にしたがって奥へとついていくのだが、その足取りはとことん重い……。
気が重いなぁ。
一度は腹をくくったものの、最後のあがきというか、直前になって足が重たくなる。
ここをくぐったら、否が応でも原作の流れに突入し、あいたくもない面々と会ってしまう。
唯一の慰めといえば、試験会場にキルアが居る事ぐらいか?
予測どおりというか、キルアはこの試験会場にいる。
試験の申し込みがされたのを、ゴトーが調べ上げて済みだ。様子を見てくるようにと追加で頼まれもした。
実家ではキキョウに阻まれ話せなかったので、少し楽しみでもある。
それ以外の不安要素としては、ヒソカとかヒソカとかヒソカとか……。
いや、食わず嫌いしているだけで、実はいい奴っていう可能性も。っていうか食うとか冗談じゃないけど。
後はどうなるか。
正直よく分からない。本来知り得る事のない未来を知っているオレだけど、それとはすでにズレがある。オレがここに居る事だって、そうだ。
ヒソカが来ることはわかっているけど、主人公達は来ないかもしれない。
仮に来ていたとして、オレが過去にあっているわけじゃない。人と人だ。合う合わないは、その時になってみないと分からない。
ヒソカに関してもそうだけど、あれは典型的な変態だから、また別とする。
それに――。
ハンター試験なんてほとんど覚えていないんだよな。
大まかな事は覚えているよ?
なんとなーくだけど。料理試験があったなーとか、プレートの取り合いがあったなーとか。
でもさ。
考えてみてくれよ。
4年後に自分が関わる事のない場所で、起きるかもしれない。という不確定要素が多々あることをいちいち覚えておくか?
紙に書いておくとか、パソコンに書いておくとか、クロロとかシャルナークという手癖の悪いやつらと交流があるのに、やっておくとおもうか? 見られたとしても、妄想が激しい奴だと変人レッテル貼られるだけかもしれないが、それが現実に起きたのがばれた時はどうなる? ちょっとその危険を冒すつもりはなかった。
まあ、ヨークシンでの事は覚えておく為、多少対策を取っているが、その知識が今回役に立つ事はない。
とにかく、4年という歳月に磨耗された、かなり適当な知識をもってハンター試験を受けることになるわけだけど。
なんとかなるか。
一応鍛えてきたわけだし。
そんな風に考えふけっている間に、チンと音がしてエレベーターが止まり、扉が開いた。
扉を出ると、むっとした熱気に、通路いっぱいにひしめく受験者達。
彼らは一目こちらを見ると、すぐに安堵した、もしくは馬鹿にしたような表情をし、各々の行動に戻る。
うーん。そんなに弱そうに見えるのかな。オレって。
この辺りの反応は良くされる。
鍛えてはいるんだけど、筋肉が目だってつくことはなく、そして引きこもりのため色白。
もやしまではいかないけど、弱そうなイメージはついてまわるらしい。
「番号札をどうぞ」
「ありがとう」
スタッフからプレートの番号札を受取る。
番号を見ると301番だった。
この中には、300人もの人がひしめいているらしい。
右胸に番号札を取り付ける。
イルミもこれくらいの番号だっけ? 記憶を思い起こしながら考えるが、不発に終わる。
とりあえず出入り口にいても邪魔だろうと、奥の壁際へと足を運んだ。
「君、新顔だね」
「へ?」
突然、近くに沸いてきたデカ鼻のおっさん。
いやまあ、新顔だけど。
「ダレ?」
「オレはトンパ。よろしく」
トンパ? なんか聞き覚えがあるような、ないような?
「なんか用?」
「オレは10歳から35回もテスト受けているベテランだからな、分からないことがあったら教えてやるから安心しな!」
あー。いたいた。そういや、こんな奴いたっけ。なんか主人公達を邪魔していた奴だっけ?
いい人アピールのためか、にこにこと笑顔を浮かべているが、胡散臭い事この上ない。
「いや、いらない。特に困る予定はないから」
「そんな事言わずに聞いておいた方が得だぜ。中でもあいつは知っておいたほうがいい。44番奇術師ヒソカ。奴は去年試験官を半殺しにし、20人の受験生を再起不能にしている戦闘狂だ。極力近かよらねー方がいいな」
自慢げに語りだすトンパ。
指した先を思わず見てしまったので、余計に調子に乗っている。
だけどオレは見てしまった先を後悔したい。
一番の危険人物と判断されるその先にはヒソカが居て、一目で変態かと疑いたくなる奇術師(ピエロ)姿。
普通の姿で着て欲しいって頼んだのに。
試験中、この変態と同類と思われる可能性を考えると悲しくなる。
オレとヒソカはイルミの仲介の元、すでに同盟関係を結んでいる。
変態と知り合うのは不本意ではあったけれども、仕方ない。もし運が悪く敵対関係した時、オレではヒソカにかなわないからだ。逆に同盟をくめば落ちる要因はほぼ無くなる。
そういうわけで、オレはイルミの提案にのり、ヒソカも同意し同盟関係は成った。
今回の優先度はライセンスを取ることだ。この後の仕事の件もある。確実に取っておかないといけない。
変態姿の彼に近づくのはためらうが、自分の心情はともかく挨拶には行くべきだろう。
「ヒソカの事は、……知り合いだから知っている。別に説明とか要らないからどっか行ってくれる? やりたい事があるんだ」
少々気落ちした声なってしまったのは、仕方ないよな。
ヒソカからぐっさりという恐怖がなくていいんだけど、精神的なストレスで円形脱毛症にならないかが心配だよ。
「し、知り合い? 冗談を。はははは……。あ、そうだ。お近づきのしるしにコレやるよ。飲みな」
彼はオレの言葉を聞いても特に去る事はなく、逆に立ち直りを見せ、懐から缶をとりだし差し出した。
それは有名なメーカーが出している見知ったジュース。
「いらない。自分用の水持ってきているし」
「遠慮すんなって。水よりこっちのが美味しいだろ? 両方飲めねえっていうなら、水はオレが貰ってやるよ」
「別にいいけど、その水毒入りだよ」
「は?」
嘘偽りなく、ゾルディック産の毒入り水である。
他人に盛る用ではなく、自分用の飲料水。
自炊や、実家に居る時は料理に毒の混入はできるが、外に出たときはなかなかそうもいかない。というコトで、飲料水に毒をまぜてきたのだ。
「いやー。さっきから冗談ばっかり、お、面白いな。はははは……」
何一つ嘘をついていないのに、冷や汗をたらしながら笑うデカ鼻。
いっそ本当にそれ飲んでくれないかな。静かになりそうだし。何、1ヶ月ぐらい寝込むかもしれないけど、命に別状はない程度だ。
大概離れてくれないかな。と場合によっては実力行使も視野に入れ始めた時。第三者の声が割り込んできた。思った以上に特徴深い声が。
「今来たのかい? 遅いじゃないか♣」
「やあ、ヒソカ。今から挨拶に行こうと思っていたから丁度良かった」
普段なら絶対近づいてきても嬉しくないけど、今現在だけは歓迎するよ。
トンパは冷や汗を滝のように流しながら、オレとヒソカの両方を繰り返し、何度も動かし見ている。
「ほ、本当だったのか……」
とかすれ声で残すと、そそくさと消えた。
そりゃそうだよね。
ヒソカなんかと知り合いたくないよね。
ニコニコと微笑むピエロを見ながら、心の中で溜息をついた。
「あの鳥君のだろう。面白いね」
ヒソカがグーイを見ながら言う。
グーイは今オレの肩に居るわけではなく、トンネルに根を張るようにつたっている配水管の上に位置取り大人しくしている。
普通の人ならただの鳥にしか見えないだろうが、ヒソカには念鳥だとバレバレなのだろう。台詞に含みがあった。
「そう。オレの。でも同盟組んでいるとはいえ、どんな芸ができるかは教えるつもりはないよ。
それより、よくオレのことわかったね」
何気にオレたちはこれが初対面だったりする。
一度会っておく? と、イルミから言われはしたけれども、オレはすでにヒソカの外見をしっていたし、年末は忙しいのもあって、その申し出は断った。
偽名は伝えたけれども、自分の特徴もイルミから聞いたのかもしれない。
「他に能力者もいないし、イルミに聞いたとおりだったからね。それにしても本当に似てない兄弟だ。髪色が違うのは染めたのかい?」
特に能力内容が知りたいわけじゃなかったのか、グーイのことは突っ込まれて聞かれることはなかった。
それにしても、似ていないか……。
ちくりと胸が痛む。
顔立ちはわりと似ていると思うんだけど、雰囲気が大きく離れているのが原因でオレとイルミは似ていないと表現される事が多い。なんかそれはゾルディックらしくないと言われている気がするのだ。
「まあ、一応。キルに早いうちにばれて逃げられても面倒だと思って、ぱっと見分からないように茶色にしてみたんだ」
「そういえば、もうヒトリ弟が来ているって言っていたね。それってあの子? まさに美味しく熟れそうな果実だ♥ まだ青いけど先が楽しみだよ♠」
99番のプレートをつけた銀髪の少年。
キルアだ。
「そう。言っておくけど、弟に手を出すなよ」
「くくく。君もブラコンなんだね。大丈夫。手を出す予定はないから。イルミや君が怒ると面倒だ」
「アニキはともかく、なんでオレ?」
「自覚がないのかい? 面白いね&spades 僕は君と仲良くなりたいと思っているんだよ」
一体何の自覚なのか、訳が分からない。
オレが首をかしげると、彼は笑みを深くし更に意味の分からない事をのたうつ。
「理解できない。むしろ変態と仲良くなりたくない。第1、普通の格好をお願いしたのに、変態ルックな時点で信用できない……」
「僕にとってはこれが普通で正装さ。分かって貰えなくて残念だ♠ まあゆっくりと仲良くなるよ。同盟も組んでいる事だしね」
変態の普通じゃなくて、一般の普通でお願いしたのに。
ああああああ、そんな事よりもだ、ゆっくり仲良くって何!? オレは今回だけの表面上だけの同盟で充分だ。仲良くとか盛大にお断りしたい!
オレは渋面し、ヒソカは嬉しそうに目を細めていた。
<トンパ的レポート>
開いたエレベータの奥で彼の姿が見えたとき、トンパは思わず笑んだ。
「出番だ」と。そしてあまりにも新人らしい動きに安心する。
毎年新人つぶしをやっているトンパだが、今年は例年とあまりにちがった。ハンゾー、ニコル、キルアと、ベテラン並に癖のあるやつらばかりだ。だがそれも打ち止めだ。
あの新人には、試験の過酷さを早速味わってもらうぜ。服のポケットに入ったジュースの缶の存在を確かめほくそ笑んだ。
<あとがき>
ちょっと変えてみました。
打ち止めとおもいつつも、ゴン達がやってくる……。トンパどんまいっ!