走りつづけていたサトツが止まった場所は、体育館のような建物の前だった。
ヌメーレ湿地をこえ、たどり着いたこの場所は、木々や川などという幾分趣の変わった場所となっており、生息動物も割合まともそうだった。どうやらビスカ森林公園という場所らしい。
オレと同じように、サトツにぴったりとくっついてきていて、ヒソカの過剰な洗礼にも、湿原の生物にもだまされずにすんだ幸運者はわりと多い。
ざっと100人ぐらいはいるのかな? 大まかで正確にはわからないけれど。
ほとんどの人の息が上がって大量の汗をかいている。オレも例外じゃなく、じっとりと汗をかいていた。
もう少し体力をつけたほうが、いいのかもしれない。
短気決戦ならともかく、この様子だと長期の持久戦になるときつそうだ。
オレは念を使える。
だけど、念は万能じゃないと思うのはこういうときだ。
念によって足を早くする、体を堅くする、打撃力を上げるなど様々なことができる。使えない人と比べるとはるかに優位で、超越した能力が出せるのは否定できない真実。
だけど万能ではなく、ただのブースト。
ベースとなる基礎体力が無ければ、息が上がるのが早く、すぐに体力切れを起こす。そもそも念の力は足し算であり、ベースとなる強さを軽視する事は出来ない。
だから。
視線の先にキルアの姿が見える。まだ念が使えない彼は、息ひとつあがっていない。
流石だよな。
この中で息が上がっていないのは彼だけ。
基礎体力を念入りに鍛えられた証拠。
本当に大切に育てられているんだと分かる。
子供の彼はきっと念を覚えたら、基礎力の向上をないがしろにして念に夢中になる。
念は何でも出来ると思い込んでしまう、特別に甘い誘惑がある。基礎の上に成り立つものなのに、念さえあれば万能で何でもできると思い込んでしまう。
だからこそ、念を覚える前に慎重に、丹念にベースを育てているのだ。後継者にふさわしい強さが身につくまで。
話しかけたい衝動が沸くが、それを押し込め、ヒソカに渡したのと同タイプの無線を取り出す。
「ヒソカー。聞こえる?」
『聞こえるよ♣』
実に弾んだ声が聞こえる。どうやら充分楽しめたようだ。
「楽しそうなところ悪いんだけど、こっちは二次試験会場についたよ。早くおいでよ」
『OK すぐ行く♦』
向こうは、どうなっている事やら。
ゴンが後ろに走っていくのは見えたから、きっとヒソカはゴンも含めてのお楽しみの時間であったことだろう。
やけに殺気だっていたからな。
下手すると、ゴンも含めて死んでいたりして……。
無線越しの死地を想像して、その可能性も考え付いたけど、即座にまいっか。と開き直る。
ヒソカに殺される程度なら、キルアが話す価値はない。
それに、オレにはオレのやるべき事がある。
とりあえずは、弟との再会かな。
オレはキルアがいる場所に向かって歩を進めた。
イルミが最後まで正体を秘密にしていた理由。おそらくそれはキルアが試験会場から逃亡した場合、追いかけることができないからだ。ライセンスは必要であり、試験を放棄するわけにはいかない。だからこそ、最終試験、ライセンスの獲得がほぼ確定し、逃げても追える状態になってから、正体を明かしたのだ。
だけど、オレはイルミみたいな完璧な変装はできない。
人数が少なくなってきたら否が応でもバレてしまう。時間の問題なのだ。
だったら、さっさと話しかけてしまえ。というのがオレ理論。
逃げられても、試験が終わってから探し出せばいい。
それならばトンネル内でもよかったんだけど、それはちょっとしたオレの複雑な弟への思いやりというか、単純な甘さ。
友達は作るなという教育方針の中、オレにはクロロとシャルナークがいる。弱点を作るなとか、余計な知識を得るななどの主旨を考えれば、彼らは問題ない。充分強いし、闇の住人でオレに余計と思われる倫理を説くことはありえない。
だからこそ、シルバやゼノは知っているだろうに、口出しをしてこないのだ。
でも、キルアは?
オレが家を出たことにより、過保護に磨きをかけ過ぎてしまったキキョウの手前、友を作るなんて不可能であっただろう。それにキルアほどの才能の持ち主にふさわしい同年代の少年なんて、ダイヤの原石を見つけるより難しい。
そして、ゴン=フリークスという、奇跡の原石がここにいる。
性格やたどる可能性のある道筋を考えると、賛成は出来ない。だけど、最初から友達と出会うきっかけを奪うのは気が引けてしまった。
「ゴンのやつ大丈夫かな……」
キルアは先ほどあったばかりの少年を気づかってか、ブツブツと小さくつぶやいていた。
そんな彼に近づきにこやかに、軽く手をあげ話しかける。
「よぉ」
キキョウの妨害もなく、そして仕事で差し迫っている状況でもない、和やかな時間で話しかけるのは、まさに初めて! 弟と水入らずのコミュニケーションに心が浮きだつ。
兄貴? とか呼んでくれるのだろうか。
そう思いながら、オレはキルアの反応を待った。
「はぁ? 誰お前」
「えっ」
振り返ったキルアは、非常に怪訝そうな、オレを不審者でも見るような表情で。
「オレになんか用?」
用がないなら、話しかけるな。と言外に物語っている。
それはまるで、興味のない他人を見るようなもの。
「……え、あ、マジ?」
「変な奴」
キルアはスタスタとどこかに行ってしまう。
オレはぼーぜんとその背中をみていた。
こうして、オレの。
心待ちにしていた弟との、ファーストコンタクトが終わった。
しくしくと、声に出してしまいそうなしょぼくれた状態で。
オレはグーイという癒しの存在をひたすらかまっていた。その過剰なスキンシップでグーイが迷惑そうにしているが、じっと耐えている。
そりゃさ、確かにオレと話す機会はそうそう無かったよ?
だけどもさ、キルアが8の時まで一緒に住んでいたわけだよ? 加えて仕事場でもちょくちょくあっていたわけですよ?
それが「誰?」って言うのは、ありえないだろ?!
多少ばれないようにって髪は染色したけど、他のパーツ何一つ変えてないんだよ!
「ふーん。ここが2次試験会場か。ん? 何、塞ぎ込んでいるんだい?」
追いついたヒソカがキョトンとこちらを見ている。先ほどのような飢えた獣のような気配が大分薄まっているから、大分気晴らしで来たのだろう。そのために何人死んだかは知らないけど。
「さっき弟に話しかけたんだ……。そしたら「誰?」って言われた……。オレ、泣いてもいい?」
「ブラコンの気持ちは複雑に出来ているんだね♦ いいよ。僕の胸でなくかい?」
変態はオーバーリアクションで両手を広げてくれる。
オレの胸に来い。という意味あいなのであろうが。
「ごめん。無理」
「酷いな」
酷いといいながらもニコニコとしているのは、やはり真性の変態。格が違う。
「くくくく。そうそう。あの二人と遊んできたよ。なかなかに美味しそうな青い果実達だ。特に、彼らと友人の黒い髪の少年がイイ! ゾクゾクしてしまうよ♠」
思い出して興奮したのか、舌なめずりをひとつ。
発散してきた後というのもあって、刺すような殺気が出ることはなかったが、濃厚な圧力は変わらない。
「殺してきたの?」
それなら助かるんだけどね。
他の受験生達がおびえ遠巻きにする中、オレは平然とヒソカに話しかける。
「まさか。ああいうのは成長して熟れたところを、モギ取るのがいいんじゃないか♠」
「変態の気持ちも複雑そうだけど、まったく理解したいとは思わないね」
「残念」
森林の奥から、青い果実認定をされたゴンとクラピカが走りながらやってくる。
誰かを探しているのかキョロキョロとしていたが、ヒソカの視線に気がつき勢いよくこちらを振り向く。
そしてヒソカが指差した先に、レオリオの姿を見つけそちらへと走り出した。
途中クラピカがオレに気づき話しかけようとしたが、オレは意図的に視線をずらした。
彼はそのまま何も言うことなく、ゴンと同じように去った。
「君は、二人を殺して欲しかったみたいだね」
「別にそういうわけじゃない」
「あの黒髪の少年以外ならいいよ♥」
殺しても。と語尾にニュアンスをつけ、ヒソカは薄くニイと笑った。
そして時計は12時を指し示し、2次試験への扉が開かれる。
気がついて見れば、先ほどより大分人数が増えているようだ。後続や、違うルートを通った人達が運よくたどり着いたのかもしれない。
2次試験参加人数 148名。試験内容は、料理。
念について独自解釈入っています。