もうそろそろ今年も終わるなぁ。
新聞をダイニングテーブルの上に置き、朝日をまぶしく思いながら、コーヒーを準備する。
あくびをひとつ。
まだちょっと眠い。
最近は忙しく、あまり寝られない生活だった。それも一息つき、思いっきり寝た後。それが今。
逆に寝すぎで頭がはっきりしなくて、コーヒーを入れているところ。
どうも年末はゾルディックの仕事が忙しくなる傾向があり、同時に自分の仕事量も増える。
年始になってしまえば楽になるのだから、まだ後1ヶ月ほど続く予定。
おかげで年末は家族で集まってゆっくりではなく、顔を合わす暇もない状態。よく来るイルミやゴトーでさえ、電話だけで最近は顔を合わせていない。
オレもひっきりなしに調べる案件が入ってくるので、最近はパソコンの前に座りっぱなし状態。現地でのサポートは執事が代理でやっていて、オレは出向く時間もなく引きこもり作業。
とりあえずの波は去ったけど、年があけない限りはまだ忙しい。
オレはコーヒーをすすり、新聞を広げた。
最近はニュースを見る時間も惜しんでいたから、久しぶりに知る時事ニュースは知らないものもあった。
その中で目に付いたのは、
「第287期ハンター試験受付締め切り間近。登録忘れ注意」
という文字。
287という数字かどうかは覚えていない。だけど、今年でオレは19になり、キルアは12になる。
それが指し示す事。
もうすぐ原作が開始されるのか。
あの原作どおりに世界が動くのならば、主人公や、イルミとキルアがこの試験に受けることになる。
少なくともクルタ族の壊滅や、旅団とゾルディックの遭遇があったから、多少は近い事が起きると思う。だけど、オレは好き勝手にやってきて、作中にあったミルキとオレはずいぶん性格もたどった行動も違う。
原作が開始され、知っている情報が多くなるけれど、それを信じるつもりはなかった。
思い返せば、4年なんてあっという間だった。
ダイエット計画に始まり、体を鍛え、情報を扱うものとして仕事を手伝い、危険な友達が増え……まあエトセトラ。
いろんなことがあったような、終わってみればたいしたことなかったような。
ああ、でも自分を褒めてあげたい事がある。
祝! ダイエット成功!!
実に3年という年月を得て、標準体型となることができた。
いろいろトレーニング欠かさないでやってきたし、食生活もある程度は気をつけた。だけど、用がなかったら外に出ないという引きこもり気質と、動かない仕事という事もあって、思った以上に大変だった。
ぱっと痩せるなんて、そんな都合のいい事は起きなかったけど、終わってみれば問題ない。維持も苦労する事なく出来ている。
うん。めでたい。
加えて身長も伸びるだろうとは思っていたけど、2年ほど前から急激に成長。あっという間にクロロの背を追い越した。
今はシャルナークとあまり変わらないぐらい。
「ラクルの癖に生意気だ!」と彼は言う。だけどかたや成長期が終わった20代、そしてまだ伸びる可能性のあるオレ。そのうち追い越したい。おそらくシャルナークは思い切り悔しがる事だろう。うん。頑張って牛乳のもう。
後は特別大きな変化はない。
友人関係は変わらない。依頼を受けるという事もかわらなければ、クロロとは本の話、シャルナークとは情報系の話や、よく分からない機器を作り出すとか、いつもどおり。
家族関係は少しだけ変化があったかな。イルミの過保護が少し緩和された事が1点。オレのこと大分認めてくれたらしい。
もうひとつは、キキョウの事。ダイエットに成功し、安心して実家帰りしてみれば「ミルキちゃんに合わせると、キルも家出してしまうわ!」と訳の分からない理論を展開しキルアを寄せ付けない。おかげでキルアとは仕事場で遭遇する以外で会うことはなかった。
もう豚君と呼ばれる恐怖が無くなったから、仲良くしたいんだけどな。
ハンター試験が始まってしまうと、家出するとか、ゴンと旅立ってしまうなど、会う機会がさらに減ってしまう可能性がある。それまでにはって思っていたけど……。残念ながら上手くいっていない。
仕事の山が超えたら年内のうちに一度家に帰ろう。
あ、でも下手したら刺されるかな? でも避けられるかな。
そんな風に思っていたのだけど。
「え? キルが家出?!」
『うん。母さん刺してね。傷はともかく、「家出したのはミルキちゃんの病気が移ったのよ!」とか言っているから、帰るのは止やめたほうがいいと思う』
ちょっとした余裕ができて、家に帰るってイルミに電話した時のこと。
12月の半ばぐらいで、まだ間にあうんじゃないかと思ったけれども、どうやら遅かったらしい。
原作と同じように、キルアはキキョウを刺して家出したらしい。キキョウが、刺されて喜んでいたのも一緒。
だけど、オレは刺されていないからすべてが一緒なわけではない。そもそも家にいなかったし。まあ多分居合わせたとしても避けられたと思うし。
後キキョウの物言いも違うか。
オレは家出しているわけじゃないし、病気じゃないから移る訳ないと思うのだけど……。
そう思うのだけど、キキョウの妄信も癇癪も何も変わっていない。説き伏せて聞くとは思えないし、下手すると事態の悪化も考えられるわけで。
「わかった。やめとく……」
溜息ひとつ吐き出しながら答えた。
『その方がいいよ。母さん、思い込み激しいし』
そんなイルミの感情の少ない声に、少しの疲れがあるように感じた。
実際イルミは家にいて、キキョウをなだめないといけない立場になっているのだ。苦労したのは間違いない。
あのイルミに感情ある声を出させるなんて!
母は強いとよく言われるが、我が家の場合もそうらしい。――なんかちょっと違う。
諦めて電話を切ろうとした矢先、「そういえば」とイルミは話題を切り替えてくる。
『父さんからの伝言があるんだ。年始にある287期のハンター試験を受けてこいと、試験が終わったら帰ってこい。』
「え? 試験ってアニキにじゃないの?」
『違うよ? 父さんの指名はミルキにだって。オレは現状困ってないしね。それに、ミルの方が普段必要になるんじゃない? ハンター専用の電脳ページとか見られたらよかったのにって、前ぼやいていた気がするけど』
確かに、そうぼやいた事は何回かある。
ハンター専用の電脳ページは、お金さえ払えばあらゆることを知ることができる。プロハンター専用の情報屋みたいなもの。
実際それを使わなくても、自分で情報を集めれば問題はない。だけど時間が足りない時、たいして難しくはないけど面倒な時など、使えたら便利だなと思ってしまうのだ。
だけど
「アニキがとってくると思っていた」
それも今度の試験で。
オレの知る歴史、原作ではイルミがハンターライセンスを取っていた。
だから欲しいなと思っても、もう少し立てば取ってきてくれるかな。なんて人任せな思考があったのは否定できない事実。
そもそも切羽詰って欲しいという訳でもなかったので、待つことぐらいたいした事じゃなかった。
『なんでそう思ったかわかんないけど、可能性としてはあったかもしれないな。
父さんが受けるか悩んでいる仕事の案件に、入国審査の厳しい国での仕事があるみたい。ライセンスがあれば入りやすいから、オレがライセンス持っていたか確かめに聞いてきたし』
そういえば原作でのイルミがライセンス取った理由って、仕事で必要とか言っていた気がする。
『もしオレが、その仕事に行くなら取りに行っていただろうな。別に問題もないし』
世間では難関と言われている試験だけど、所詮アマチュア市民が受ける場合での話。イルミからみたらちょっとしたお使いと変わらない。
だから問題ないというのは分かる。
だけど「可能性はあった」、そして「もし〜行くなら」という否定した物言い。
「その仕事は受けないってこと?」
『いや、ミルキがライセンスを取って帰ってきたら行かせる、って思っているようだよ。ミルは裏方やサポートは言う事何もないけど、1人で仕事をこなした事はないだろ。
この仕事入国と場所の特定が面倒なだけで、他に苦労しそうなところもないから、ミルにいいだろう。って』
オレは何年か前の夏の一件以来、現場でのサポートも多くなったし、ある程度危険が伴う場所にも行くようになった。
実力もメキメキとまではいかないけど、一応右肩あがりで向上はさせてきた。だからイルミの過保護も緩和されたし、家族の信頼も得た。
だけど、オレはまだ独り立ちはしていない。いつもサポートだけ。
『今のミルなら試験も、仕事も問題ないよ』
オレの沈黙を不安と取ったのか、イルミがフォローしてくれる。
実際に独りでの仕事となった暁は、どうしていいか悩むかもしれない。
前準備は山ほどやってきたし、サポートもやってきた。
でも、1人じゃない。
そして、いつも実行班ではなかった。不安がないわけ、ない。
だけど、今それは思考の端においておく。ライセンスをとって始まることだ。今考えるのは別のこと。
それは。
ハンター試験。
オレにはまったく無関係だと思っていたモノ。
オレが知る中で、ミルキ=ゾルディックはハンター試験にはノータッチだった。
歯車が変われば、未来がかわるなんて承知の上だったけど、自分が原作の渦中に巻き込まれるとは思っていなかった。
予想外の出来事とはいえ、シルバの命令を断る理由にはならない。
「とりあえずは、行ってくるよ」
『もしイヤなら、父さんにいっておくけど?』
「いや、行くよ」
そうは答えるものの、本心は行きたくない。
原作の年だし。
下手にかかわりたくないし。
原作なんて今更どうでもいいから、イルミを無理に行かせる必要もない。
「あのさ。確認だけど、アニキはハンター試験行かないんだよね?」
『うん。他の仕事もあるし』
イルミの変わりにハンター試験かぁ。
おそらく、受かる事は出来る。
だけど、キルアが来ていたらどうやって連れ戻そう。オレにイルミみたいに変装もできないし、力技で強制的に連れ戻すことができそうもない。後者は性格的に。
うーん。と悩むけど、とりあえず会って話してみないと分からないところも多い。まあ、成り行きにまかせればいいか。と自己解決する。
「わかった。じゃあ、後で電脳ページからひとり分、試験申請しておくよ。
ライセンスを手土産に年始に帰るって、父さんに伝えておいて」
『分かった。伝えておく。
あ、そうだ。オレの知り合いも試験に出るから、フォロー頼んでおくよ』
……ヒソカだよな。やっぱり。
瞬間的に断りそうになるけど、これは大きなメリットだ。ヒソカというジョーカーが敵に回らないのは、飛躍的に合格率があがるようなもの。
むしろ、ヒソカが邪魔しなかったら受かる。
でも。
電脳ページで調べたヒソカの姿を思い出す。
コミカルな漫画のイラストではさほど気にならなかった。だけど現実であの姿が横にいるとなると……。
「あのさ。その知り合い。せめてまともな服装をしてくるように頼めない?」
『? とりあえず、頼んでおくよ』
なんで? とでも言いたい様子だったけど、了承してくれる。
後はヒソカがそれをうけとめて、まともな格好をしてくれる事を祈る。性格が変態でも、見た目が普通なら、たぶん大分気が楽になる。
「そういえば、キルの居場所は調べなくても大丈夫?」
『オレたちが調べなくても、母さんが血眼になって探しているよ』
納得。
パソコンを前に溜息をひとつ。
ディスプレイには、ハンター試験申し込みの要項が書かれている。
まさかこうやって関わる事になるとは思わなかった。
何度もそう思ったけど、こうやって作業していると、またつい思ってしまう。本当に人生どう動くか分からない。
記入要項をひとつずつ埋めていく。
最後の方で「偽名を使いますか?」という項目があり、ちょっと驚く。
なるほどね。
と納得し、自分もチェックをいれ偽名を“ギタラクル”と入れておいた。特に意味はないんだけど、自分だけにしか分からない戯れである。
その後イルミが、ヒソカに教えるからと偽名を聞いてきたときに
「ギタラクルって偽名にしておいた」
と言ったら、「何それ。変な名前」と言われたのは非常に納得いかない。
<ボツネタ>
本来イルミが行く仕事をミルキが奪ってしまった(未来)ので、
ハンター試験にはミルキが行ってきます。