16.世紀末のゾルディック家


 もうそろそろ今年も終わるなぁ。
 新聞をダイニングテーブルの上に置き、朝日をまぶしく思いながら、コーヒーを準備する。
 あくびをひとつ。
 まだちょっと眠い。
 最近は忙しく、あまり寝られない生活だった。それも一息つき、思いっきり寝た後。それが今。
 逆に寝すぎで頭がはっきりしなくて、コーヒーを入れているところ。

 どうも年末はゾルディックの仕事が忙しくなる傾向があり、同時に自分の仕事量も増える。
 年始になってしまえば楽になるのだから、まだ後1ヶ月ほど続く予定。
 おかげで年末は家族で集まってゆっくりではなく、顔を合わす暇もない状態。よく来るイルミやゴトーでさえ、電話だけで最近は顔を合わせていない。

 オレもひっきりなしに調べる案件が入ってくるので、最近はパソコンの前に座りっぱなし状態。現地でのサポートは執事が代理でやっていて、オレは出向く時間もなく引きこもり作業。
 とりあえずの波は去ったけど、年があけない限りはまだ忙しい。

 オレはコーヒーをすすり、新聞を広げた。
 最近はニュースを見る時間も惜しんでいたから、久しぶりに知る時事ニュースは知らないものもあった。
 その中で目に付いたのは、

「第287期ハンター試験受付締め切り間近。登録忘れ注意」

 という文字。

 287という数字かどうかは覚えていない。だけど、今年でオレは19になり、キルアは12になる。
 それが指し示す事。

 もうすぐ原作が開始されるのか。

 あの原作どおりに世界が動くのならば、主人公や、イルミとキルアがこの試験に受けることになる。
 少なくともクルタ族の壊滅や、旅団とゾルディックの遭遇があったから、多少は近い事が起きると思う。だけど、オレは好き勝手にやってきて、作中にあったミルキとオレはずいぶん性格もたどった行動も違う。
 原作が開始され、知っている情報が多くなるけれど、それを信じるつもりはなかった。







 思い返せば、4年なんてあっという間だった。
 ダイエット計画に始まり、体を鍛え、情報を扱うものとして仕事を手伝い、危険な友達が増え……まあエトセトラ。
 いろんなことがあったような、終わってみればたいしたことなかったような。

 ああ、でも自分を褒めてあげたい事がある。
 祝! ダイエット成功!!

 実に3年という年月を得て、標準体型となることができた。
 いろいろトレーニング欠かさないでやってきたし、食生活もある程度は気をつけた。だけど、用がなかったら外に出ないという引きこもり気質と、動かない仕事という事もあって、思った以上に大変だった。
 ぱっと痩せるなんて、そんな都合のいい事は起きなかったけど、終わってみれば問題ない。維持も苦労する事なく出来ている。
 うん。めでたい。

 加えて身長も伸びるだろうとは思っていたけど、2年ほど前から急激に成長。あっという間にクロロの背を追い越した。
 今はシャルナークとあまり変わらないぐらい。
「ラクルの癖に生意気だ!」と彼は言う。だけどかたや成長期が終わった20代、そしてまだ伸びる可能性のあるオレ。そのうち追い越したい。おそらくシャルナークは思い切り悔しがる事だろう。うん。頑張って牛乳のもう。

 後は特別大きな変化はない。
 友人関係は変わらない。依頼を受けるという事もかわらなければ、クロロとは本の話、シャルナークとは情報系の話や、よく分からない機器を作り出すとか、いつもどおり。

 家族関係は少しだけ変化があったかな。イルミの過保護が少し緩和された事が1点。オレのこと大分認めてくれたらしい。
 もうひとつは、キキョウの事。ダイエットに成功し、安心して実家帰りしてみれば「ミルキちゃんに合わせると、キルも家出してしまうわ!」と訳の分からない理論を展開しキルアを寄せ付けない。おかげでキルアとは仕事場で遭遇する以外で会うことはなかった。

 もう豚君と呼ばれる恐怖が無くなったから、仲良くしたいんだけどな。
 ハンター試験が始まってしまうと、家出するとか、ゴンと旅立ってしまうなど、会う機会がさらに減ってしまう可能性がある。それまでにはって思っていたけど……。残念ながら上手くいっていない。

 仕事の山が超えたら年内のうちに一度家に帰ろう。
 あ、でも下手したら刺されるかな? でも避けられるかな。

 そんな風に思っていたのだけど。




「え? キルが家出?!」

『うん。母さん刺してね。傷はともかく、「家出したのはミルキちゃんの病気が移ったのよ!」とか言っているから、帰るのは止やめたほうがいいと思う』

 ちょっとした余裕ができて、家に帰るってイルミに電話した時のこと。
 12月の半ばぐらいで、まだ間にあうんじゃないかと思ったけれども、どうやら遅かったらしい。

 原作と同じように、キルアはキキョウを刺して家出したらしい。キキョウが、刺されて喜んでいたのも一緒。
 だけど、オレは刺されていないからすべてが一緒なわけではない。そもそも家にいなかったし。まあ多分居合わせたとしても避けられたと思うし。
 後キキョウの物言いも違うか。

 オレは家出しているわけじゃないし、病気じゃないから移る訳ないと思うのだけど……。

 そう思うのだけど、キキョウの妄信も癇癪も何も変わっていない。説き伏せて聞くとは思えないし、下手すると事態の悪化も考えられるわけで。

「わかった。やめとく……」

 溜息ひとつ吐き出しながら答えた。

『その方がいいよ。母さん、思い込み激しいし』

 そんなイルミの感情の少ない声に、少しの疲れがあるように感じた。
 実際イルミは家にいて、キキョウをなだめないといけない立場になっているのだ。苦労したのは間違いない。
 あのイルミに感情ある声を出させるなんて!
 母は強いとよく言われるが、我が家の場合もそうらしい。――なんかちょっと違う。




 諦めて電話を切ろうとした矢先、「そういえば」とイルミは話題を切り替えてくる。

『父さんからの伝言があるんだ。年始にある287期のハンター試験を受けてこいと、試験が終わったら帰ってこい。』

「え? 試験ってアニキにじゃないの?」

『違うよ? 父さんの指名はミルキにだって。オレは現状困ってないしね。それに、ミルの方が普段必要になるんじゃない? ハンター専用の電脳ページとか見られたらよかったのにって、前ぼやいていた気がするけど』

 確かに、そうぼやいた事は何回かある。
 ハンター専用の電脳ページは、お金さえ払えばあらゆることを知ることができる。プロハンター専用の情報屋みたいなもの。
 実際それを使わなくても、自分で情報を集めれば問題はない。だけど時間が足りない時、たいして難しくはないけど面倒な時など、使えたら便利だなと思ってしまうのだ。

 だけど

「アニキがとってくると思っていた」

 それも今度の試験で。
 オレの知る歴史、原作ではイルミがハンターライセンスを取っていた。

 だから欲しいなと思っても、もう少し立てば取ってきてくれるかな。なんて人任せな思考があったのは否定できない事実。
 そもそも切羽詰って欲しいという訳でもなかったので、待つことぐらいたいした事じゃなかった。

『なんでそう思ったかわかんないけど、可能性としてはあったかもしれないな。
 父さんが受けるか悩んでいる仕事の案件に、入国審査の厳しい国での仕事があるみたい。ライセンスがあれば入りやすいから、オレがライセンス持っていたか確かめに聞いてきたし』

 そういえば原作でのイルミがライセンス取った理由って、仕事で必要とか言っていた気がする。

『もしオレが、その仕事に行くなら取りに行っていただろうな。別に問題もないし』

 世間では難関と言われている試験だけど、所詮アマチュア市民が受ける場合での話。イルミからみたらちょっとしたお使いと変わらない。
 だから問題ないというのは分かる。
 だけど「可能性はあった」、そして「もし〜行くなら」という否定した物言い。

「その仕事は受けないってこと?」

『いや、ミルキがライセンスを取って帰ってきたら行かせる、って思っているようだよ。ミルは裏方やサポートは言う事何もないけど、1人で仕事をこなした事はないだろ。
 この仕事入国と場所の特定が面倒なだけで、他に苦労しそうなところもないから、ミルにいいだろう。って』

 オレは何年か前の夏の一件以来、現場でのサポートも多くなったし、ある程度危険が伴う場所にも行くようになった。
 実力もメキメキとまではいかないけど、一応右肩あがりで向上はさせてきた。だからイルミの過保護も緩和されたし、家族の信頼も得た。
 だけど、オレはまだ独り立ちはしていない。いつもサポートだけ。

『今のミルなら試験も、仕事も問題ないよ』

 オレの沈黙を不安と取ったのか、イルミがフォローしてくれる。

 実際に独りでの仕事となった暁は、どうしていいか悩むかもしれない。
 前準備は山ほどやってきたし、サポートもやってきた。
 でも、1人じゃない。
 そして、いつも実行班ではなかった。不安がないわけ、ない。

 だけど、今それは思考の端においておく。ライセンスをとって始まることだ。今考えるのは別のこと。

 それは。

 ハンター試験。

 オレにはまったく無関係だと思っていたモノ。

 オレが知る中で、ミルキ=ゾルディックはハンター試験にはノータッチだった。
 歯車が変われば、未来がかわるなんて承知の上だったけど、自分が原作の渦中に巻き込まれるとは思っていなかった。

 予想外の出来事とはいえ、シルバの命令を断る理由にはならない。

「とりあえずは、行ってくるよ」

『もしイヤなら、父さんにいっておくけど?』

「いや、行くよ」

 そうは答えるものの、本心は行きたくない。
 原作の年だし。
 下手にかかわりたくないし。
 原作なんて今更どうでもいいから、イルミを無理に行かせる必要もない。

「あのさ。確認だけど、アニキはハンター試験行かないんだよね?」

『うん。他の仕事もあるし』

 イルミの変わりにハンター試験かぁ。
 おそらく、受かる事は出来る。
 だけど、キルアが来ていたらどうやって連れ戻そう。オレにイルミみたいに変装もできないし、力技で強制的に連れ戻すことができそうもない。後者は性格的に。
 うーん。と悩むけど、とりあえず会って話してみないと分からないところも多い。まあ、成り行きにまかせればいいか。と自己解決する。

「わかった。じゃあ、後で電脳ページからひとり分、試験申請しておくよ。
 ライセンスを手土産に年始に帰るって、父さんに伝えておいて」

『分かった。伝えておく。
 あ、そうだ。オレの知り合いも試験に出るから、フォロー頼んでおくよ』

 ……ヒソカだよな。やっぱり。

 瞬間的に断りそうになるけど、これは大きなメリットだ。ヒソカというジョーカーが敵に回らないのは、飛躍的に合格率があがるようなもの。
 むしろ、ヒソカが邪魔しなかったら受かる。

 でも。
 電脳ページで調べたヒソカの姿を思い出す。
 コミカルな漫画のイラストではさほど気にならなかった。だけど現実であの姿が横にいるとなると……。

「あのさ。その知り合い。せめてまともな服装をしてくるように頼めない?」

『? とりあえず、頼んでおくよ』

 なんで? とでも言いたい様子だったけど、了承してくれる。
 後はヒソカがそれをうけとめて、まともな格好をしてくれる事を祈る。性格が変態でも、見た目が普通なら、たぶん大分気が楽になる。

「そういえば、キルの居場所は調べなくても大丈夫?」

『オレたちが調べなくても、母さんが血眼になって探しているよ』

 納得。





 パソコンを前に溜息をひとつ。
 ディスプレイには、ハンター試験申し込みの要項が書かれている。

 まさかこうやって関わる事になるとは思わなかった。
 何度もそう思ったけど、こうやって作業していると、またつい思ってしまう。本当に人生どう動くか分からない。

 記入要項をひとつずつ埋めていく。
 最後の方で「偽名を使いますか?」という項目があり、ちょっと驚く。
 なるほどね。
 と納得し、自分もチェックをいれ偽名を“ギタラクル”と入れておいた。特に意味はないんだけど、自分だけにしか分からない戯れである。

 その後イルミが、ヒソカに教えるからと偽名を聞いてきたときに

「ギタラクルって偽名にしておいた」

 と言ったら、「何それ。変な名前」と言われたのは非常に納得いかない。

<ボツネタ>
本来イルミが行く仕事をミルキが奪ってしまった(未来)ので、 ハンター試験にはミルキが行ってきます。