10.熱帯夜の珍事 Vol.1

 暑い夏の夜だった。
 その日は朝からとても熱く、昼前には今夜は熱帯夜だとニュースで騒いでいた。
 何度目も耳にする、今年一番の暑さを記録するかもしれないという台詞。
 結局は1番だろうと2番だろうと、例え10番以降でも、寝苦しいほど暑い事実はかわらない。
 そう思っていたのだが、やっぱり1番と10番では差があったらしい。

 あちぃ……・

 夜中に寝苦しさのあまり目が覚める。

「今何時だよ」

 ベッドの近くの時計を引き寄せてみれば、まだ2時ぐらいだ。
 起きるには早すぎる時間。
 一般的には深夜で、このくらいに睡眠とかでもおかしくないのだが、もっぱら最近は早寝早起きを心がけている。
 外でのトレーニングをこの暑さの元やりたくないため、早朝へと時間を動かした為だ。
 流石に炎天下の元はご遠慮願いたい。深夜という手もあるのだが、オレのトレーニング場としている場所は市街地から離れており、月の光しかない暗闇だ。
 実践訓練ならともかく、トレーニングではあまり向いていない。

 もう1回寝るかな。
 オレはリモコンを手繰り寄せクーラーをつける。
 この暑さじゃ寝るに寝られない。
 タイマー設定じゃなくて、かけっぱなしにすればよかった。
 そしたら、朝までぐっすりと寝ていれたかもしれない。
 だけど、朝までつけっぱなしにしていたあの乾燥感はあまり好きじゃないんだよな。
 時計とリモコンを再びベッドのサイドテーブルに置き、寝ころがる。

 〜♪♪〜〜♪〜♪

 深夜に鳴り響く電話。
 んー。だれだろう。
 自分の携帯番号を知っている人は少ない。家族とゴトーの他2人だけである。
 全員深夜族だから、誰でもおかしくはない。

 寝たまま手を伸ばす。
 先ほど置いた時計とリモコンが邪魔をするが、払いのけ目的のものを取る。
 暗闇に光るパネルがまぶしい。
 そのパネルにはクロロの文字。

『ラクルか?』

「この電話に他の誰がでるっていうんだよ。電話するならもうちょっと早い時間に頼むよ」

『すまんな。ひとつ聞きたいが、オレはお前をどれくらい信用していい?』

 いきなりな上に変な質問だ。
 即答できるほど、オレはクロロのことを知らない。だが、他人というほど知らない中でもない。
 友情なんて甘ったるいものはないが、トモダチとしていい付き合いをしているのは確かだ。
 依頼の評価は辛口で、腹が立つことも多いがその反面認められたときは嬉しく、認めたくはないがやりがいはある。本の虫だけあって趣味がよく、彼からオススメの本を聞いたりもしている。進められたものは徹夜してしまうほどに面白いのだ。
 最初はどうなるかと思った付き合いだが、そんなこんなと案外うまくいっている。

「依頼の話じゃない雰囲気だね。
 そうだな。オレは知人が少ないからね。クロロが裏切らない限り、オキニイリの次に裏切らない存在だよ」

 確実に裏切らない。そんな保障はできない。
 オレは家族(オキニイリ)がクロロを裏切れと命令してきたら、あっさりとクロロを裏切るだろう。
 しかしクロロも幻影旅団(くも)が一番であり、お互い様だ。
 多分そのことはクロロも気がついているし、自分だって蜘蛛をつつけば裏切られると分かっている。
 だけど、それ以外の理由で裏切る気はない。

『それは信用が出来そうだな。悪いが、頼みがある』

「普段とは違う深刻さだね。何?」

『渋るのは目に見えているんだが、少しの間お前の家に泊めてもらうわけにはいかないか?』

「切羽詰っているのを考慮したとしても、その依頼は受けたくないな。オレの秘密主義わかってるだろ?」

『そう言うとは思ったが、事情があってな。“居場所が確実にばれない安全な場所”と考えるとお前のところに行くのが一番なんだ。今回に限っては生半可なセキュリティの場所じゃ心もとない。
 その点お前のところは徹底してるからな』

「何かあった? もしかして怪我してる?」

 確かにうちのセキュリティの用心の仕方は他とは一線を期していると思う。
 家のマンションのセキュリティはもちろんのこと、近所一体の監視システムもハッキングにより全部支配下におかれている。
 普通のハッキングでは、差し替えられたフェイクしか掴めず、この場所の特定は無理だろう。
 例え特定されたとしても、怪しい人物がきたら、すぐに自分の携帯にアラームが入る。

 だがそこまでやるのは、オレが弱いからだ。
 ここまでしないと自身を守れない。
 だが、クロロは違う。ここまでしなくても、彼は自分を守るすべをもっている。
 だからこそ、クロロがそこまで用心するなんて珍しく感じた。

『認めたくはないが、正解だ。今はB級のブラックリストハンターでさえ相手をしたくないな』

 オレは息を呑んでいた。
 彼はB級クラスならば、【盗賊の極意(スキルハンター)】のいい餌だと思って嬉々と受け入れる癖がある。
 実際それくらいの相手ならば、赤子の手をひねるぐらい簡単に倒してみせる。
 それなのに嫌がるのは、傷が酷く弱っているのだろう。

 少なからずオレは動揺した。
 家族以外はどうでもいい。そう思っていた。
 だからクルタも放置したし、家族の暗殺業をとめることなく、逆に協力しているのだ。
 だけど。
 思ったより自分は甘ちゃんだったんだろう。
 仲良くなってしまった、クロロ、そしてシャルナークは生きていて欲しい。
 そう思っていた。
 彼らもいつの間にか、死んでほしくない存在としてオレの中に登録されていた。

「シャルも怪我を? 他の蜘蛛の手足は?」

「なんとも言えない。たぶん大丈夫だとは思うが。
 ただ他の奴らと接触して、ターゲットが分散されるのは怖いな」

「クロロの戦った相手生きてるんだ…・・」

「ああ。オレで勝てなかった相手だ。他のやつらじゃ荷が重いだろう」

「オレ、強くないんだけど」

「戦闘力ではそうかもしれないが、誰にも見つからない場所を提供できる。そういう意味では確実にラクルは強者だよ」

「人を認めるなんて珍しいな。
 分かった。他の誰にも言わない。オレに危害を加えない。そして貸し1つでいいなら、うちにご案内するよ」

「ああ。かまわない。すまないな」

 オレは住所を告げた後、パソコンの前に座る。
 監視カメラの画面をディスプレイに表示させ、警戒レベルをあげる。
 他にもいくつか念のため、防御プログラムを走らせておく。

 この時は必死だったのだ。
 少し考えれば分かったのに。
 クロロに勝てるような存在なんて、本当に一握りしかいない。
 そんな強者の存在は誰なのか。
 まったく考えなかった。

<ボツネタ>