こんなものかな?
オレは調べたデータを資料にまとめ、プリントアウトする。
見取り図や、顔写真は縮小をせずにカラーでだしているので、それなりの枚数になっている。
とりあえずデータも渡しておこうとメモリーカードに記録し、出力したものと一緒に紙袋に入れる。
メールで送信すればすむのに、なんで紙指定なんだか。
一言でいうと、面倒くさい。
たいした手間じゃないのにそう思わせるのは依頼人のせいだ。
ゾルディック家の人間相手だったら、このひと手間を面倒とは思わない。
こういうのを身内ひいきっていうんだろうな。
まあ、ばりばりのひいき人間なのは否定できない事実なのだが。
さっさと終わらせることにしよう。
待ち合わせ場所に向かうために、紙袋を手に靴をはき外にでた。
▽
なんかいる。
見たくないものを見つけてしまい、オレは眉をひそめた。
待ち合わせに指定したオープンカフェには、見知った黒髪似非爽やか笑顔の青年と供に、金髪のイケメンがいる。その金髪の姿に、腹黒笑顔と勝手にフィルターが追加されるのは、彼の正体に心当たりがあるからだ。
よし、Uターンして帰ろう。
まだ指定日には余裕がある。別の日を指定して、1人で来いと追加しておこう。
オレは見なかったフリをして、背を向けて動き出そうとしたのだが……。
「何を帰ろうとしているのかな?」
いつの間にか金髪がオレの後ろに立っていて、しかも腕をがっちりとつかんでいる。
動けない。
「放してくれませんか?」
「イヤだよ、それに必要ないよね? ほら、クロロが待ってるから早く席にいこうよ」
「知らない人がいますんで、後日にすると伝言しておいてください」
「まさか、オレに伝言頼んでる? 貸し作ってくれるの? 嬉しいなぁ。変わりに何お願いしようかな」
オレは金髪の言葉にぎょっとする。
知らない人に伝言するっていうわけじゃないのに、貸し扱いするのかよ。
とてもじゃないが、こんな危険人物に貸しなんて作りたくない。
顔みしりにもなりたくないのに、貸しなんて論外だ。
「すいません。さっきの無しで」
「残念だな。じゃ。とりあえず行こう。自分で歩いてよね。君重そうだから、引きずるのも嫌だよ」
まったく残念だと思っていない様子で彼は軽くひっぱる。
ああいえばこういう。
そんな状態で、抜け出せそういない。
オレはしぶしぶと歩きだす。
このまま渋っていても、引きずられるのがオチだ。そしたら重いと文句を言われるだろう。
金髪君と違って、贅肉は多いさ。
うるさいよ。
これでもだいぶ痩せたんだ。
君がいなかったら何一つ問題なかったんだけど、それにはノータッチですか。
オレは金髪に手綱を捕まれたまま、この茶番を見守る黒い瞳の元へとむかった。
テーブルについてようやく開放される。
金髪君は、オレが席に座るのを確認して、クロロの横に座った。
オレはクロロの前の席になる。
「クロロ、約束と違うじゃないか?」
クロロとオトモダチのような関係を結んだ時、いくつか契約のような約束ごとを交わしている。
純粋に人のことを信じれるような甘い考えを互いに持っていなかった。
クロロからは幻影旅団情報の守秘、携帯や居住を変えない事、そして誠実に仕事をこなすの3点。
オレからは詮索の禁止、身の安全、オレの情報・存在の他言無用の3点を約束してもらった。
オレは他の旅団員と関わるつもりはまったくない。
個性ある面々は面白いとは思うが、あれは安全な位置から見てるから面白いのだ。
下手な冗談を簡単に言えるような人達じゃない。自分の身は大切なのだ。
それにヒソカとイルミはつながっている。ヒソカの口からイルミに伝わったら「何やってるの?」って睨まれそうで怖い。
過保護なんだよ。イルミは。
弱いオレが危険な人物と会ってると聞いたら、絶対睨む!
「別に破ったつもりはない。今日はコイツが勝手についてきただけだ」
「連れてくるのもやめてくれ」
「え、何か約束してるの?
どうりで、クロロが何も教えてくれないわけだよね。
オレだって“ラクル本の人”の事、すごく気にしていたのに、結果をきいてもだんまりでさ。
1ヶ月間苦労したのはオレだっていうのに、「もう調べなくてもいい」で終わり。これだけじゃ納得いかないよね。酷いと思わない?」
どう思う? とばかりに金髪は詰め寄ってくるが、オレにどう答えろと。
オレとしてはクロロの言うとおり、すべてを忘れて大人しくしていてください。としか思わない。
でも一応クロロは確かに約束を守っていてくれていたようだ。
“ラクル本の人”と呼び名をつけていたんだな。
そのままラクルと名付けるあたり意外と単純だな。
「あ。オレ、シャルナーク。シャルって呼んで。ねえ、君の名前教えてよ」
「別にお近づきになりたいと望んでいないので、名乗るつもりも愛称を呼ぶつもりもありませんが……」
「敬語なんて使わなくてもいいよ。オレ堅苦しいの嫌いだし。
オレが足取りをつかめない人間なんて本当に少ないんだ。実際会って話してみたかったんだ。思ったより若いね」
「誰かと勘違いしていませんか?」
「ごまかしはするだけ時間の無駄だから。君が“ラクル本の人”でしょ?」
だめもとで否定してみるが無駄だったようだ。
調べる過程で顔ぐらいは分かっていてもおかしくはない。
パクノダの協力の元、記憶を貰ったという可能性もある。
どっちにしろ認めるほかはなさそうだ。
はぁ……。
オレは溜息をついた。
「クロロはラクルって呼んでる。好きに呼んで。本名は言うつもりないから」
「偽名? まあいいや。クロロは納得してるみたいだし。後でオレにも携帯番号教えてね。もちろん拒否権はなしで」
拒否したら殺したくなっちゃうから。
口だけ動かす。
声には出していない。
だが読話(どくわ)で、いいたい事が分かってしまった。
シャルナークはオレをみて満足そうに笑顔を浮かべる。
性格悪い!
情報を扱うものとして、口の動きで言葉を理解するのは嗜(たしな)みとも言える。
音のない動画の中から情報を読み取る事は以外と多い。
監視カメラは無音の事が多いからだ。
シャルナークはこれくらい出来て当然と試したのだ。
「とりあえず、そのくらいにしておけ。話しがすすまない」
クロロがシャルナークの独壇場となっている話の流れを区切った。
ちぇー。とシャルは拗ねた様子をみせるが、必要な事は言い終えた後だったのもあるだろう。
特に異論もなく、すんなりとひいた。
「すまんな」
「まったく悪いと思っていないくせに」
クロロはオレに謝罪を言ってくるが、顔には悪いと思っている表情は微塵もない。
まったく持って白々しい。
オレの反論も何処吹く風、彼は口はしをあげ笑みを浮かべている。
「ま、いずれ通る道だ。
約束をする前からシャルはラクルのことを気にしていた。
無理やり抑えたら、独走しかねん。早めにあわせたほうが被害もすくないだろう?」
確かにもっともだけども、素直にうなずけないのは、諸悪の根源の台詞だったからだろう。
「これで最後にしてくれるなら、許す」
「他の奴を連れてくることはないさ」
その言葉に納得し、オレは持っていた紙袋を依頼人である彼に渡した。
シャルの件は仕方ないものとして諦める。
考えを変えれば、身内以外での同趣味の仲間だ。
何か得るものもあるかもしれない。
クロロは紙袋を受取り、中から紙の束を取り出し、目を通す。
無口になり真剣に目を通し始める。
シャルナークもクロロの横からオレの渡した資料を覗き見ている。
クロロからの初めての依頼だ。
一応資料を見終るまでまっていようかと思う。
他から依頼を受けたことがないので、自分としても勝手がわかっているわけじゃない。
何か資料説明を求められるとか、重点的に調べなおして欲しいとか要望がでてくるかもしれない。
「飲み物を頼んでくる」と言い残し、店内へ足を運ぶ。
こちらのカフェは(スターバッ○スのように)先に注文し代金を払ってその場でドリンクを貰う。セルフ方式を取っている。
値段は安いのに質のよい豆を使っているので、ここのコーヒーは好きなのだ。
今日は天気がよいのでアイスコーヒーを頼み、受け取ってから元の席に戻った。
席に戻ると、シャルナークは覗き見だけじゃ足りなくなったのか、クロロから調査書を受け取って本格的に読んでいる。
「よく調べてあるな。充分だ」
「よかった。クロロからの初めての依頼だったからちょっと緊張していたんだよな」
無事及第点だったらしい。
実際いつも以上に力が入ってしまっていたのだ。
我が家の人たちは文句をつけた事はないのだが、もしかしたら身内の甘さで妥協していたかもしれない。
そんな事をする人たちじゃないとは思うのだが、その可能性も捨てきれずで、まさに自分の力を客観的に認められた気分だった。
オレは席に座り、アイスコーヒーを飲む。
うん。仕事後のコーヒーは旨い。
「うん。これはなかなか……」
シャルは書面をみながら、感心している。
「ラクル、すごいなー。オレが調べたのより情報が多い。
ここのセキュリティの回路図とかどうやって調べたの?」
「シャルも調べた?」
「初めて依頼をする人間の情報を、100%信用するわけにもいかないだろう? 今回はラクルの能力を的確に測ろうとシャルにも同じことを頼んである。
結果はシャルの台詞どおりだな。
思った以上の結果だ」
うううううう。
クロロの言うことは正論すぎるほど正しいし、褒められてもいるのだが、なんか悔しい。
言い分としては納得するのだが、感情が納得いかなくて、旨いと思ったコーヒーがとたんに苦く感じた。
「それでラクルここの回路図だけど、何処から調べたの?」
オレが一番苦労してしらべたその回路図を指し示し、シャルが聞いてくる。
「知らない! 勝手にすればいいだろ」
「あれ? もしかして拗ねてる?」
「うるせー」
「あはははは。かわいいところあるじゃん。クロロ、ぽっちゃりも結構かわいいもんだね」
うるさいっ、うるさい。
シャルはぐしゃぐしゃとオレの頭を撫で始める。
逃げようとしたけどがっちりと押さえ込まれ、ばたばたと抵抗するもむなしくシャルナークのおもちゃになってしまった。
<ボツネタ>
「依頼料はどうする?」
「今回はシャルも調べてたみたいだし、要らない」
「子供だな」
「うっさいな。まだ十代だから子供でもいいんだ」
「ふっ」
「鼻で笑うなっ」
「それでどうするんだ? 今後も頼むつもりだからな。どれくらいか聞いておきたい」
「んー。言い値でいいよ。相場しらないし」
「……他のオキニイリとはどうしているんだ?」
「言い値でやってるよ」
「奇特な奴だな。いずれだまされるぞ」
「別にいいよ。お気に入りが相手ならね。クロロは違うからだますなよ」