8.昼下がりのコーヒーブレイク Vol.3

 ウェイターに席まで案内してもらい、オレ達はオーダーを済ませた。
 クロロはワインをボトルで頼み、オレは言葉通り大量に注文している。
 この店内は、彼の言うとおり内緒話のしやすい環境が整っていた。
 ひとつのテーブルごとに部屋で区切られ、クローズスペースとなっている。
 物静かなバックミュージックはどこかで聴いた品のいいクラシックで、話の邪魔をしないものだ。
 もちろん調度品もフロアコーディネートも一流でセンスがいい。
 ウェイターも呼び鈴をなら鳴らさなければ必要以上にくることはなく、来室もノックの返事が帰ってくるまで立ち入る事はない。

 クロロはワインをボトルで頼み、オレは外食予定だったのもあり普通に食事を頼んだ。
 ファーストドリンクはすぐに運ばれ、クロロの前にはワインが注がれたグラスとボトル、オレの前は無難にオレンジジュース。
 片手にワイングラスを持ち、くるりとグラスを回し赤い液体を波立たせる様は、嫌味なほどに似合っている。
 彼から「お前もどうだ?」と勧められるが、丁重にお断りした。アルコールを摂取して余計な事を言わない為だ。

「それで話とはなんですか?」

「まあ、まずは自己紹介と行こうじゃないか」

「本名は知りたくないから偽名でお願いします」

 オレがツーンと言えば、彼はフッと意味深な笑いをした。

「本当はオレのこと知っているだろう?」

「……」

「頑なにオレとの接点を拒みすぎている。それでは知っていると言っているようなものだ」

 彼の言うとおり、俺は確かに知っている。
 クルタ族の事件のときに調べたし、原作の知識もあって確信している。クロロ=ルシルフル本人だろうと。
 そしてその人物の危険性も分かっているのだ。
 だからこそ近づきたくないし、接点を持ちたくない。
 だがそれが裏目にでてしまったようだ。
 
 YESともNOとも言えず、分からないように唾を飲む。
 安易に答え、知っている奴は殺すとばかりに襲い掛かられても困る。

 その間を感じ取ったのか、クロロが続けて言葉をつなぐ。

「素直に認めたからといって、殺す事はしないから安心しろ」

「安心するには程遠い台詞ですね。
 まあ、確信があるとはいえないですが、知っています。
 殺そうというわけじゃないなら、何が目的なんですか? 前も言いましたけど、オレに付きまとって、利益があるとは思えませんが」

 本当は確信があったのだが、軽くごまかしながら答えた。彼は素直に認めても殺さないとは言ったが、別の要因なら殺そうとするかもしれないし、怪我をさせないとはいっていない。安心するわけにはいかない。

「そんなことはない。再びあって、さらに興味は増したな。
 オレ達のことを知っていてなお、その度胸はたいしたものだ。大抵のやつは媚をうるか、命乞いをするかだからな。
 なかなかに新鮮で面白い。それだけでも、この場を設けた意味はある」

 オレは、クロロの言うような媚も命乞いもするつもりはなかった。
 プライドなのかな?
 毅然とオレは受け答えていた。

 だけどそれは強さに自信があってのことではない。
 もしも、対象が一般だったら強いといえるが、能力者という土台に乗った場合中の下ぐらいでしかない。未だに能力を旨く使いこなせていないのだ。もちろん今後も修練をし、強くなる予定ではあるのだが、今のオレではクロロには到底及ばない。それどころか、逃げ切る事さえ出来ない。
 ただのプライドという見栄が支えている。

「それだけで探すという手間をするなんて、暇なんですか?」

「そこまで酔狂に時間をついやすつもりはないさ。
 だがな、少し金と手間をかけてもいいと思うだけの魅力があると踏んだわけだ。
 というのも、幻影旅団(うち)の情報担当は結構優秀なやつなのに、君のことが分からないと頭をかかえている。なんとか、B地区に住んでいるのを突き止めたんだがそれ以上は無理だそうだ」

「偶然ですよ」
 
 地区までは、ばれてしまったのか。だけどよかった。それだけならば想定の範囲内だ。

 彼の言うとおりオレのマンションはB地区だ。
 そこまでは突き止められるかもしれないと考えていた。
 前回念をまくのに、B地区をさけ逃げたのだ。聡いクロロにヒントを与えていた可能性は高い。それに隠れすんでいるわけではないので、人目にもついている。
 多少聞き込みのようなものをすれば、すぐに分かるだろう。

 だけど拠点の特定はされないように、あらゆる工作をしている。
 地区がばれてもそれ以上の追跡はなかなか難しい。

「フッ。そんな偶然ありえるものか。
 話がずれすぎたな。自己紹介を先にしておこう。素直に教えてくれないか?」

「……好きに呼んでください」

「名さえ教えるわけにはいかないと? まあいい。
 君のオススメ本の作者の名前を借りてラクルと呼ばせてもらうよ」

「わかりました。
 それじゃ、オレはラクルということでお願いします」

「クロロ・ルシルフルだ。クロロと呼べばいい」

 オレが知っているといったためか、あっさりと本名を名乗るクロロ。
 偽名で名乗られてもまったく気にしなかったのだが……。
 だけど彼はきっと、小ざかしく偽名を使うことはない気がする。
 盗みをする時覆面をするわけじゃない。名乗りをあげるとき嘘をつくことはしない。ただ、通った場所に何も残らないから、姿も名も知れ渡っていないだけだ。

 ふと考えてみれば、我が家もオープンで隠すことをしていない。家の場所も明らかにされ、名所となっているぐらいだ。
 ゼノはよく、「暇じゃから少しは腕に自信がある奴が来てもいいんじゃがの」と軽口を言う。
 圧倒的な力があるから、彼も偽名も使わず、住処さえオープンにする。侵入者があったところで返り討ちにすればいい。という強者の考え。

「それで、ラクル。
 うちの情報担当が言うには、この隠蔽を行った奴は只者じゃないと、言い切っていてな。
 ちょうど今、腕のいい情報屋を探していた最中だったから、お近づきになってみようという流れになったわけだ」

「オレが情報屋だって言うんですか? ただ家族に扶養されているだけの存在っていう選択肢はないんですか?」

「ないな。そんな児戯を信じるわけがないだろう?」

 一蹴されてしまう。だが割と本気で言っていたりする。
 オレは金を貰っているものの、家業の手伝いしかしていない。情報屋としてやっていく実力はたぶんあるだろうが、そんなつもりはない。
 やりたいことと言えば、家族の手伝いなのだ。

「一応なじみの情報屋にも調べさせたが、成果は0だ。そんな一般人がいたらみてみたいな」

 どうやら、シャル(仮定)の調べだけではなく、情報屋にも調べさせたらしい。
 知らない間になかなか危ない橋を渡っていたようだが、無事乗りきれていたほうでほっとする。
 情報屋といってもさまざまなタイプがいる。
 オレがよくやるような、電脳ページのようなネットを介してさぐられるのは防ぎようがある。だが千差万別な念能力を利用したものの場合、どのようにもれてしまうのかなんて想像がつかない。
 ネオンが使ったような特殊系にあたられたら、本当に防ぐ事は無理だ。
 まあそこまでレアな能力者など草々いないものだが。

 しかし情報屋とやらの網にもひっかからなかったのに、なぜ見つかってしまったのだろう。

「0というわりには、よく今日待ち伏せできましたね」

「B地区というのは分かっていたからな。トラップを少しな」

「今回逃げてもまた見つけることの出来るようなものですか?」

 ニヤリと、クロロは嫌な笑いをする。
 これは肯定と取ってよさそうだ。
 念……。なのだろう。いつの間にか、クロロの他人の念能力(コレクション)の発動条件にはまってしまっていたらしい。
 どのような内容かは分からない。
 教えろといって教えてくれるようなものでもないだろう。

「逃げる事は考えないことだな」

「オレに何をやらせる気ですか?」

「急くな。
 それでラクルは、情報屋じゃないと言いたいようだが、その辺りをはっきりさせようじゃないか。違うというわりには技術はあるようだが?」

 クロロにとって価値があるかどうか。
 それを吟味されているのだろうか?

「違います。ですが、確かに趣味程度に電脳ページの操作はできますね」

 もはや嘘をつこうとしても、無理そうなので正直に答えた。
 多少のごまかしが効く相手とは思えない。

「大層な趣味だな」

 面白そうに彼は喉を鳴らす。

「どれくらいのことができる?」

 ゴトーから免許皆伝を貰っている。おそらく大抵の事はなんとかなるだろう。
 調べきれない事も多々あるが、それなりの腕だとは自負できる。
 だが。

「言ってもいいですが、情報屋の真似事をする予定はありません」

「ほう? オレがいつまでも甘い顔をしていると?」

「思ってはいませんよ」

 だけど脅しに屈するつもりはない。
 オレが役にたちたいと思うのは、家族だけだ。
 幻影旅団(くも)ごときにおどされて、屈するのはゾルディックの名折れだ。

「殺したらそれこそ役にたちませんし、拉致や監禁をしたり強制したところで無意味ですね」

 拷問の訓練を受けているから、拉致も監禁も怖くはない。
 オレが望んで意見を変えない限り、強制する事は無理だ。
 もしも殺されたり、拉致などにあった場合は、幻影旅団も道ズレになるであろうが……。
 家族に手をだされて黙っているような家柄じゃないのだから。

 オレは決意を示すようにきつく表情を引き締める。

 しばらくの間、オレとクロロはにらみ合いのような、一歩手前ぐらいの状態でお互いの視線を合わせていた。
 それを先にずらしたのはクロロのほう。

「なあ。ラクル」

 彼は大きく溜息をついた。
 眉根を寄せ、ちょっと困ったようなそんな表情をする。

「そこまで嫌がるのはなぜだ。趣味というがなんの為にその力を手にいれたんだ?趣味だろうが何だろうが手にいれたものは活かすべきだろう?
 一生そうやって、自分の殻に閉じこもるつもりなのか?
 使ってこそ力だ。使わなければ意味がないだろう?」

 クロロのイメージらしくない台詞にオレは少々うろたえてしまう。
 オレが実は爆弾を抱えているというコトに気がついた感じではない。ただ、本当にオレのことを考えての意見。
 だけど、違うんだ。

「……まったく使っていないわけじゃないです。大切な……一部の人の依頼だけは受けてて、それだけでいいと思ってます」

 シルバとイルミなど、ゾルディックの人達。

「ラクルはその“オキニイリ”の依頼だけで満足なのか? 外で力を試そうとは思わないのか?」

 沈黙がしばし流れる。
 オレはすぐに「満足だ」と答えられなかった。

 オレにとってゾルディックの人たちは本当に大切で、特別だ。
 オレが何なのか分からない不安な時に手を差し伸べてくれた。
 それがオレにはすごく大事で、楔となって忘れられない。

 そんな人達の手助けができて、本当に満足はしているのだ。だけど、試してみたいという気持ちが一瞬も浮かばなかったわけじゃない。
 オレはオレンジジュースを口に入れ、その甘みで気を紛らわせる。

「オレはお前のことは嫌いじゃない。オレに堂々と口ごたえをするのも、不思議とおもしろく感じる。
 オレは無能な人間と仲良くするつもりもないし、知り合うつもりもない。
 だがお前は違うだろう? 情報も力だ。馴れ合う価値はある。どの程度の事ができるかは、まだよくは分からないが若いんだ。前途はある。
 オレで試せばいい。それならどうだ?」

「……らしくない発言ですね」

「そうだな。オレもそう思う」

 クロロは苦笑しながら答えた。
 もてあましている風でもある。
 2回しかあっていない。それなのに好意とか普通ならありえない。

 だけど、そんなクロロの様子にほだされてしまった。
 絶対お近づきになりたくはなかったのだが、「まあいっか」と思ってしまっている。

「オキニイリの方とは同列に扱えないですが、それでもよかったら。でどうでしょうか?
 あ、後は変な念は今後いっさいオレにつけないでくださいね」

 家族が一番だ。同列は無理だ。
 いうなればクロロは、そうだな。オトモダチってやつになってしまうのだろうか。

 そしてオレの発案は同意され、クロロの依頼も受けることになった。
 何を要求しているのかがよく分からないため、彼の問いに答える形で実力というのを教えた。
 どうやら彼の期待にはこたえたようで、1個依頼をうけ、携帯番号の交換をなされた。
 それと同時に敬語の禁止も言い渡される。堅苦しいのは好まないそうだ。

 その後、ベルを鳴らしウェイターを呼んで食事の時間となった。
 思った以上に時間はたっていたのだが、ウェイターはこちらが要求しない限りは部屋に入ってくることは出来ないシステムであった為、遅いスタートとなったわけだ。
 気を引き締めたせいで腹が減りきっていたのも増長し、食事は非常に美味しく、食前に話した目的は意識せずとも達せられていたらしい。
 クロロのうんざりした表情はなかなか貴重でいいものを見れたと思う。

<ボツネタ>
『シャル頼みがある、気になる念能力者を見つけた。調べてくれないか』
こういうクロロの依頼は珍しくない。
【盗賊の極意(スキルハンター)】のページを増やすため、彼は時々わざと能力者に接触するのだ。
シャルナークは「貸しだよ」と、了承し電話を切った。
その時の彼はいつものようにすぐ終わるだろう甘く見て、明日取り掛かろうとベッドに向かった。


<裏設定>
クロロの発動した念
名前:不明(具現化系)
発動条件:30分以上会話をし、容姿を知っている。その人のモノを持っている。登録できるのは1名だけで、新しく設定したら前の人が消える。
対象を追いかけ、追跡する。トラップとして設置を4つ置くことができ、対象が半径10m以内を通ると術者にそれを教える。追跡能力は副産物でありあまり強くない。後半のトラップがメイン能力。