7.昼下がりのコーヒーブレイク Vol.2


 何でこんなところにいるんだよ……まさか、オレを探していたのか?

 ひと仕事を終え、自分へのご褒美と外で晩御飯を食べよう、そうやって町にくりだしてみた。
 だが、オレはなんで外食にしようと思ってしまったのだろう。と激しく後悔している。
 原因は目の前にいる存在。
 1ヶ月ほど前に訪れた、数奇な出会いの相手。
 幻影旅団の団長であるクロロ=ルシルフル……。
 別に前と同じ店にいったわけじゃない。近いともいえない同じ町の通りをフラリと歩いていただけで、ばったりとかちあったのだ。

「偶然というには出来すぎている気がする……」

「そんないやそうな顔をしなくてもいいだろう?」

「正直イヤです」

 思わずもれてしまった本音(つぶやき)に、彼はクククと人の嫌がる様をみて笑う。
 オレはこれっぽっちも面白くない。むしろダッシュで逃げ出したい。
 今日のクロロは姿こそ、前髪を下ろしてシャツとズボンで普通だが、表情は本性まるだしだ。

 それにしても何でまだこんなところに居るんだ。
 1ヶ月もたてば、別の地に行っていてもよさそうじゃないか。

「何でこんなところにいるんですか?」

「また会うと言っただろう?」

「会おうと思って簡単に会えたら苦労しません。
 あの念まだくっついているんですか? 夜までかかったけど、まいたと思ったのに」

 今日の邂逅は偶然には出来すぎている。
 待ち合わせしたわけでもないし、通勤みたいな予測できる行動を取った覚えもない。
 わりと人口の多いこの町で、ばったりなんてありえない。
 オレの位置が分かっていて近づいてきた。その可能性がある。
 そう考えると思い当たるのは、前回あったときにつけられた念の存在。その可能性が高いように思って聞いてみたのだが、違ったらしい。クロロは肩をすくめ残念そうに答えた。

「いや、残念ながらしっかり振り切られているよ。だから他に手を打ってみた」

「そこまでして、会おうと思わなくても。なんで探したんですか?」

 彼を見つめる。
 彼の様子から少しでも情報を得ようと、挙動を見逃さないように。

「話をしようと思ってな。立ち話もなんだから、コーヒーでもどうだ? 時間も遅いし、食事でもいい」

 軽く誘いをかける彼からは、殺気が感じられない。
 断ったからといって、すぐに殺される事はなさそうだ。
 本当にオレと話したいのかもしれない。だけど、どこに必要性を見出したのかさっぱり分からない。

 女をナンパとかならわかるけど、オレは男だ。しかも、見目麗しいとはお世辞でも言えない。
 元はいいのかもしれないが、ぽっちゃりした頬と、ズボンの上に乗っかった腹が外観を損ねている。
 ご飯の相手としては遠慮したいだろう?
 それだったら、見目麗しいお姉さんをナンパしたほうがいい。

 あれ、そういえばネオンとはお茶していたな。能力目当てだっけ?
 もしかしてオレにも能力目当てで近づいてる?
 でもオレはまだ発を見せてはいない。
 どんな能力者かも分からないのに、能力者というだけで近づき発をさぐるのか?
 それぐらいならば、敵対した能力者から奪うほうがよほど効率的な気がする。

「一応聞いてみたいのですが、ご遠慮という選択肢は?」

「ないな」

 クロロとオレの間は、手が届かないぐらいの距離は開いている。
 だが、実力を考えるとこれくらいの距離はないも同然で、逃げようとした瞬間に捕獲される。
 逃げる事はできそうにないので一応聞いてみたのだけど。
 やはり、ダメらしい。

「それでは、食事でもいいですか? 晩飯とる予定だったところなので」

「ああ、構わない。
 オレが誘ったのだから、奢ってやる。食えないものはあるか?」

「特に好き嫌いはありませんが、やけ食いはしたい気分ですね」

「それは大変だな。そういう時は美味いものを食べてすっきりするがいいさ」

 ここで殺される事もないだろうと、皮肉をひとつ混ぜてみたのだが、彼はそれを面白く感じたのか邪気たっぷりのほほえみを見せてくれた。




    ▽



 彼のつれてきたところは、いわゆる“高級料理店”ってやつだった。
 10代の少年捕まえてつれてくるような場所じゃないだろうに。
 明らかに場違いだ。
 リクエストしたやけ食いをするに相応しい店でもない。

「こういう場所は彼女と来てほしいものですね。
 男二人で来るような場所じゃないと思うのですが」

「オレは彼女がいないからな。つれてくるような女はいないんだ」

 だったら適当にナンパしろよ。道を歩けば5分としないうちにつかまるだろうよ。
 世の女性がヨダレを垂らして喜びそうなぐらいのイケメンだ。選び抜いたとしても1時間とかかるまい。

「それに内緒話はこういう店のがしやすいんだ」

「そうですか。非常に帰りたい気持ちになってきました」

 彼の言う内緒話は、間違いなく自分には聞きたくないもの。もしくは話したくないものに分類されるのは先見の明がなくともわかる。
 ゆくは魔界か地獄か。どっちにしろいいものじゃない。

「別にオレは、君の手料理でもいいのだが?」

「絶対イヤです。ほんとに人の嫌がる事を心得ていますね」

「褒め言葉だな」

「お返しに、後悔するよう頑張りますよ?」

「ほう? どうやって? 多少頼みすぎたぐらいじゃ、オレの財布は傷まないぞ?」

 そりゃ幻影旅団の団長の財布を痛ませようとしたら、ここの料理を制覇したって無理だろう。
 ただの食事代程度なら、オレの自腹だったとしても痛いと思えるほどのものじゃない。
 オレは仕事の手伝いをしていて多少とはいえないお小遣いは持っている。
 裏社会でのお金のやりとりは、いつも何千万という単位だ。たかが数万Jぐらいならきにならない範囲なのだ。
 だがオレの目論見は金額じゃない。

「金額で語ろうだなんて、最初から思っていないですよ。
 見ていて胸焼け気分を味あわせるのが目標です」

 彼はつぼにはまったのか、口を押さえ笑い出した。
 それくらいの事ぐらいしか、今のオレに出来る事はない。
 これが精一杯なんだよ。仕方ないじゃないか。

 ほどなくしてウェイターが店内を誘導するために来たので、オレ達はその誘導に従い席へと向かった。

<ボツネタ>