ある春先の日の昼下がり。
突然の豪雨に襲われ、オレは雨宿りをするべく近く喫茶店に逃げ込んだ。
うわ。傘持ってきていないのに。と、思わず悪態をつく。
家までまだ距離がある。
せめて小雨程度にならないと、強行するのはつらいな。
だいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ春先だ。
雨はまだまだ冷たい。
ゴトーに迎えに来てもらえたらいいのだが、今はククルーマウンテンの本家勤めに戻ってもらっている。
毒の補充をはじめ、部屋の掃除等をやってもらう為、いまだに週1で来てもらっていたりするが。
まあ今日はゴトーがいない日だ。
迎えには来られない。
オレは窓際の席が空いていたので、そこに座りコーヒーを頼んだ。
本屋によった後でよかった。
オレは紙袋から本を取り出してぺらりとめくる。雨があがるまでの暇つぶし。
オレは結構活字が好きで、暇なときはよく本をめくる。
ジャンルは情報関係、クリエイト関係が1番多いけど、他のジャンルもそれなりに読む。哲学系はハードルが高いかと思ったけど、読めば理解できてしまう。
ミルキの知能恐るべし。
「お客様、相席でもよろしいですか?」
気がつくと店の中は同じような雨宿り客でごったかえしている。
オレのほかにも相席っぽい人たちがいた。
まあオレは本読んでいるだけで、相席には別段不満もない。
了解をすると、ウェイトレスはお礼を言うとともに、ひとりの客を連れてきた。
黒い髪、黒い目、合判する白い包帯。鮮やかな青いピアス……。
うわぁ……。
コレ何の冗談?
まて、まだあの人だと決まったわけじゃない。特徴が一緒なだけの人間なんて山ほどいる。
いくら爽やか顔でも、いくらイケメンであろうと。きっと別人だ。
実写化した彼の顔はしらないんだ。
「隣失礼する」
黒い人は軽く礼をして、斜め前に座った。
「本を読んでいるだけなので問題ありません。おかまいなく」
オレは再びパラリと本に視線を戻した。
目線の端で、彼も本をとりだして読み始めるのが見て取れる。
ぱらり……
……ぱらり
交互に本をめくる音がカノンを作る。
今読んでいるのは、さまざまな地方の民話がまとめてあるものだ。この世界はなんでもありなだけあって、民話もとても奇抜で多種多様だ。
面白くてオレは本を読むのに集中していた。
ぱらり……
ぱらり……
めくる音が自分のものだけになっている。
そのことに気がつきふと顔をあげてみると、一対の黒い瞳と目が合った。
「その本面白そうだな」
「へ?」
彼は自分の本を閉じ、オレの持っている本を見ていた。
失礼とオレから本を抜き取りぱらぱらとめくる。
「ただ民話をつづってあるだけじゃないのか。
筆者の読み解き方が面白いな」
民話や神話のたぐいはタダの作り話のように思えて実は意味がある。
記録という手段を持ち得なかった存在が、口承として伝えたい事を残そうとした結果が民話として伝えられているわけで、この書では筆者なりの考察が論ぜられているところがポイントで、それがまた面白いのだ。
「今日出た新刊なんです。少し読んだだけですけど面白かったですよ」
「なるほど。新刊だったのか。
オレは古書ばかり追っていたから、気がつかなかった」
彼はオレより年上だと思うので、敬語を使って答えた。
気にいっている本を褒められるのは、相手がだれだろうとなんか嬉しい。
特にオレはこの筆者はお気に入りで、既刊本は3冊あって全部拝読済みだ。
「この筆者の本は面白いですね。機会があったら読んでみる事をオススメします」
「ほう。それはいい事を聞いたな。この本を帰りに買って変えることにするよ」
彼は話題の引き出しが多く話術が優れていた。加えて聞き上手だったりするわけで、その後も自然と会話のラリーが続く。
正直お近づきにはなりたくなく、会話も打ち切りたかったのだが、巧みな話術でテンポよく続き、打ち切るタイミングが見つからない。内容も非常に楽しいものだ。
ただ、彼のこの姿が営業の作ったものじゃなかったらっていう条件はつくんだけどな……。
作った営業スマイルにしか見えない今、会話の内容自体は充実していても楽しめない。一体オレの何を狙って話しているのかまったく見えない。
2,30分ぐらい話していたのか、雨はあがり晴れ間が覗いてきた。
通り雨だったようだ。
「あ、雨があがりましたね。今日は楽しい時間をありがとうございました」
ちょうどいいとオレは本を紙袋の中にもどし、レシートを持って席を立った。
そのまま会計に向かおうとした時、手をつかまれる。
「また会えないかな? 後日またコーヒーでも飲もう」
「オレにそこまでの価値はありませんよ」
オレはつかまれた瞬間反射的にふりほどき、触られた場所を凝で確認してしまう。
結果的に何もされてはいなかったのだが、はっとして彼をみるとニヤリとした笑いを浮かべていた。まさしく悪人の笑い。
くそ。
オーラを流して一般人のふりをしていたのに。
凝をした状態で見ると、彼は綺麗な纏をしているのがわかった。非常に不本意だけど、彼の正体に核心がもてる。
間違いない。幻影旅団のクロロだ。
「価値がないようには思えないけどな。また会うさ。きっとね」
「謹んでご遠慮いたします。それでは」
オレは会いたくない。
別に旅団と仲良くするつもりなんてないんだ。
喫茶店を出てから窓越しに彼の姿を確認すると、片手に本を持っている。
うわぁ。
【盗賊の極意(スキルハンター)】発動してそう……。
まったくもって嫌な予感しかしない。
通りの角を曲がったところで、目に凝を集中してあたりを見回すと、隠をしている何かがうっすらと見える。
昼下がりのコーヒーブレイクが安穏だと誰が決めた!
こんなスリリングで面倒なモノは、初めてだ。
昼下がりのコーヒーブレイクは変動と不穏の代名詞だと、未来のクロロになじってやりたい。
オレがその物体を振りほどき、全身に発信機の類がないことを確認して、やっと家にたどり着けた時にはすでに夜になっていた。
なんでピンポイントにA級犯罪者になんかあっちゃうのかな……。
<ミルキ的ダイエット記録 1997年度前半>
■1997年 1月
年がかわり、ダイエットを決意してから1年が経過した。
体もだいぶ軽くなった。考えてみればほぼ2/3の体重になったのだから、軽く感じるのも道理だ。
これからも自主トレーニングは続けると約束し、ゴトーを家に帰した。
情報を扱う技術はゴトーより上達したし、家事もそれなりに覚えた。だから優秀な彼をこれ以上オレが拘束してはいけないと思ったのだ。
今後は週に1回通い出来てもらう事になる。
■同年 春
トレーニングを続けているものの、体重の減りが悪くなってきた。
まあ、気長に取り組んで行きたいとおもう。
ダイエットがメインじゃない。体力増強と戦闘力の向上がメインなのだと自分をなぐさめる。
ある日雨宿りした喫茶店で、黒い人とあった。
酷い目にあった。
二度と会わないでいることを心から願う。
<ボツネタ>