5.新しい生活の日々

<引越しの日>

 シルバの理解を得て、事態は良い方向へと急速に変化した。
 すぐに家の手配はなされ、ゴトーと共にそちらに移り住んだ。

 場所は同じくパドキア共和国内で、実家から車で2時間程度かかる場所にある。
 キキョウが簡単にいけない距離だが、行き来はしやすい程度を考慮した結果らしい。ゾルディック家専用の飛行船をつかえばゆっくり飛んでも1時間かからない距離と考えれば、イルミも来やすい。

 セキュリティがしっかりした高級マンションの最上階角部屋。
 二人暮らしにはもったいないほど広い4LDKだ。

「ゴトー、部屋割りどうする? 好きな部屋もってっていいけど」

「では、キッチンの前の部屋を私室にしてもよろしいでしょうか?」

 キッチンに近い方が便利だとのこと。
 家事はアテにしているので、異論があるはずがない。
 その後も二人で相談し、部屋割りを決める。
 リビング横の和室は客用、キッチンの横はゴトー、オレも日当たりのいい部屋をひとつ。
 仕事部屋用に一部屋をあて、パソコン類を詰め込んだ。

 ほとんど何も持たない状態で移り住んだのだが、必要な家具類はゴトーの手配ですでに買いそろえてある。自室となる部屋はホテルのような味気なさだが、少しずつ買い揃えればいい。
 パソコンにおいては使い慣れたものの方がよかったので、家から移動させた。

 少々の手持ち品を自室にしまいこみリビングに戻ると、ゴトーが紅茶を入れてくれていた。

「一区切りついたので、お茶を入れました。休憩にいたしませんか?」

「オレの方も片付いたよ。この後どうする?」

 ソファーに座り、紅茶を飲む。
 ゴトー特製の飲み物は何でも美味しい。
 お茶請けには甘さの抑えられた手製のクッキーが用意してある。
 あまり甘いものを好まなくなったのだが、彼が用意してくれるこのクッキーは甘みが少ないから美味しく食べれる。
 サックリとした食感がおいしい。

「もう日も傾きかけているので、運動するには適さないかと」

 ゴトーは、オレが痩せたい・体力つけたい・鍛えたいなどと思っている事を知っている。
 それにあわせた運動プログラムも考えてくれて、トレーナーとしてみてくれる事になっていた。

「もう夕方かー。春で日が長くなってきたとはいえ、確かに今からは無理そうだね」

「ええ。ですからミルキ様。自己防衛のために、ここのセキュリティ強化をいたしましょう」

 オレはゴトーの台詞に首をかしげる。
 このマンションはかなりセキュリティが充実していたはずだ。

「手始めにマンションのセキュリティシステムのハッキングですね。
 それが終わったら、近所の監視システム全部のっとっておきましょうか」

 情報も使うのが無能な警備会社だったら意味がないんですよ。
 と、ゴトーはにっこりと告げた。
 すげえ。ゾルディック。
 オレ甘くみていたよ。
 家を出て暮らすだけで、そこまでやる必要があるんだね……。



   ▽



<小さい頃は……>

「ミル、コレ手土産」

 そういって差し出した手には紙袋がある。中身は見えないがオレにはわかる。あれは本だ。
 お兄様。またですか……。
 家を出てから、イルミには修行の為何回か足を運んでもらっているのだが、療養の時と同じように毎回手土産を持参するのだ。
 中身は当時頼んだ本が継続されている。

「別に手土産なんていらないって。オレが修行をつけてくれって頼んでいるわけだし」

「手土産は必要だよ♥ って聞いたけど?」

 やっぱりヒソカか? ヒソカがいらない知識を与えているのか?
 何となくヒソカを似合わせる口調だったよな?
 オレまだあったことないけど、友達は選んだほうがいいと思うよ……。

「オレたち家族だし、そんな気遣いされると逆に困るから、やめてくれると助かるよ……」

「ふぅん。そう、わかった」

 とりあえず、これはあげる。と手に持っていた紙袋はテーブルに置いた。
 本当にわかって、次回からは手ぶらで来てくれるといいな。
 飛行船や汽車だとそれなりに早く着くのだが、お世辞にも近いとはいえないところに来てもらっているのだ。
 実際距離があるので、イルミやゼノは1泊以上して帰ることが多い。
 仕事が忙しい時は、飛行船で迎えに来てもらって泊まらず出て行くという事もあるが、そこまで予定を切り詰めてくる事はほとんどない。
 急な仕事時や、紙の資料が必要などの特別な案件の場合だけだ。

「それで今日はどうする? だいぶ体力もついてきたみたいだし、オレと実戦形式で手合わせしてみる?」

「戦闘術はまったくやってないよ?」

 家を出て1ヶ月になるのだが、まだ戦闘訓練までには到っていない
 現状は体力づくりと、本業(ハッカー)が半々で一日が終わる。基礎体力という土台が今は一番大切だとゴトーは言う。

「小さい頃は出来たから大丈夫じゃない?」

 オレ少しはやれたのか?
 確かにゾルディックに産まれておきながら、何一つ戦闘技術を学んでいないとは思えない。
 自転車しかり、キータッチしかり、体で覚えた事は記憶を忘れていても出来るものだ。
 もしかしたら、少しは出来るかもしれない。

「じゃ、やってみる。お願いしてもいいかな?」



 そういうことで、オレとイルミは近くの空き地へと向かった。

「それじゃ行くよ」

「お手柔らかにお願いします」

 と、イルミに立ち向かったのだが……。
 その後のことは、あまりにも情けない一方的な状況だったので詳しくは語りたくない。
 オレの名誉と心のケアのためにも。



「ミル、ぜんぜんダメ。動きが鈍すぎだし単純。すぐに息切れしてるし、形もなってない。
 これじゃ、その辺のブラックリストハンターにも勝てない」

 イルミは帰宅してからも、ダメだしを続ける。
 彼のように暗殺を職業にしているものにとって、オレの様(さま)はアリエナイ物だと言うのはわかる。
 でも心にグッサリと来る。
 イルミがひどい。
 心の中でホロホロと涙がこぼれる。

「イルミ様。ミルキ様には、まだ体力増強の方を優先したほうがよいかと」

 ゴトーは手際よく、オレの傷の手当をする。
 差し出がましいようですがと加えて、オレのフォローを忘れない。
 それにしても、まったくダメダメで本当に戦闘訓練を受けていたのか疑問だ。

「昔は少しとはいえ、出来たなんて信じられないよ」

「本当だよ。小さい頃はオレと一緒に鍛えていたよ」

「6年以上前の話ですし、その後は裏方の勉強と方向性をかえて鍛えていらっしゃらないので、今すぐには動けないと思いますよ」

 今から6年前?
 思った以上に昔の話しだ。
 何気に思い出補正が、かかっていそうだし。
 基準となるイルミの強さがだいぶ違うのは間違いない。
 しかし、それくらいのときから、情報系(こっち)の勉強をしていたんだな。

「ちなみにその頃のオレって痩せてた?」

「あ、そういえば太ってはいなかった気がする」

 やっぱりかー。
 ミルキも小さい頃は痩せてて動きもよかったんだな。
 きっと、屋内作業になってから太りだしたんだ。

「そっか。ミルも、体重が軽ければもう少し早く動けるかもしれないね。痩せたほうがいいんじゃない?」

「今頑張ってダイエットしてるだろぉ――」

 イルミの無情な言葉に、再びオレは心の中で涙をこぼした。



   ▽



<ある1日>

 ゴトーの入れたコーヒーは今日も格別だ。
 オレは新聞を眺めながら、ちびちびと飲む。
 寝起きで頭をさっぱりさせるにはコーヒーが1番だよな。
 もちろんブラックで。
 マメからひいてあるコーヒーは苦味も嫌味がないし、口に広がる香りは軽やかだ。
 すばらしいこのコーヒーに砂糖とミルクを入れて、味を損なうのはもったいないと、ブラックで飲みはじめた。最初は苦くて砂糖いれようかと悩んでみたりもしたけど、気分で飲み続けたらどんどん慣れてきた。
 コーヒーの苦味って慣れるものだったらしい。
 とはいえブラックでもアメリカンである辺りまだお子様の味覚かもしれない。

 芳醇なコーヒーの香りを楽しみながら、広げた新聞を読みふける。
 そして、気になった場所をとんっとはじいた。
 新聞にはオレの知っていた(・・・・・)事件が一面をしめている。

「最近よく聞くとは思いましたが、思った以上に派手好きな集団みたいですね」

 ゴトーは朝食がのっているプレート皿を目の前に置きながら、オレのみている記事の感想を述べる。

「幻影旅団か……。そのうち仕事でバッティングする可能性もあるよな」

 予想の形をとるものの、確実にその未来はやってくる。
 原作突入前に1回、クロロとシルバはやりあっていたはずだ。
 その後ヨークシンでの再会になるわけだが、今回のこの事件は未来に通じるものであり、彼らを有名に仕立て上げる代表作でもある。

 クルタ族の滅亡だ。

 オレはこの事件を知っていたし、やろうと思えば滅亡を防ぐ事もできた。
 だけど放置した。
 世界7大美色なんて騒がれていれば、蜘蛛がやらなくてもいずれどっかの組織がやっただろう。
 根本を解決しなければ、ただの先延ばしにしかならない。オレが今回動いたとしても無意味だと思えた。
 大体クラピカもうらむ先が間違っている。
 オレに言わせれば、7大美とか言い出した奴を恨むべきだとおもうんだよな。
 そいつらが言い出さなければ蜘蛛やマフィアに狙われる事もなかったわけだし。

「気になりますか?」

「まあね。ちょっと調べておこうかと思うんだけど、手伝ってもらってもいいかな?」

「もちろんかまいません」

 今は特に仕事の案件がなかったはずで、蜘蛛のことを調べる時間は十分にある。
 彼らの能力を忘れてはいない。
 今のところ差異は見てとれない。だけど何が原因でかわるかも分からないし、違うところだってあるかもしれない。
 裏づけはとっておきたい。
 いずれ会うこともあるかもしれないし。

 オレは新聞を置き、ゴトー特製の朝食を食べ始めた。
 パンとサラダとスクランブルエッグという一般的なものでありながら、ゾルディック家以外の人間が食べたら、美味しさの後に地獄がまっている刺激的な朝食を。








<ミルキ的ダイエット記録 1996年度>

■1996年 4月 
 家を出ることができた。
 ここからダイエット他の生活がはじまる。脱豚君。
 ゴトーに相談して、ダイエットメニューと体力増強プログラムを組んでもらう。
 平行してもちろん情報を扱う仕事も1日のメニューを組んでもらう。
 そして最初にやったのは、マンションのセキュリティハックだった。
 オレ、裏の人間なめていたかもしれない。

■同年 5月 
 さすが元々でぶだっただけあって、体重の減少具合がすごい。
 数値に表れていて感動する。
 だけど、最初の頃はきつかった。
 腹が減りすぎて寝られないかと思った日々もあった。
 イルミが遊びにきて、そろそろ実戦形式で手合わせしてみる?と提案してきた。
 物は試しとやってみた。
 なじられた。ひどかったらしい。

■同年 10月 
 家を出て約半年がすぎた。もう以前の服は着られない。
 服はあまりたくさん持たないようにしよう。
 そういえば、クルタ族のニュースが流れた。
 この時期だったんだな。

<ボツネタ>