「親父、お願いがあるんだ!」
オレは久しぶりに帰ってきた父シルバに手を合わせて懇願する。
気分は神様ならず、シルバさま。
どうぞわたくしめのお願いをかなえてください。
ゾルディック家では当主であるシルバの承諾が得られたのならば、ツルの一声で8割のことはそのまま決定してしまう。
何かを通したい時の1番の近道はシルバの理解なのだ。
神頼みより頼りになる、シルバ頼みである。
「いきなりなんだ?」
「ずうずうしいと重々承知しているんだけど、オレ、家を出たいんだ」
「……お願いごともまた急なものだな」
重傷を負って寝込んだり、記憶喪失とかなってしまったりしたが、別に家族不和が起きているわけじゃないから、確かに「なんでいきなり」になるだろうなぁ。
シルバからみたら、家族そろっての晩御飯風景は和気藹々とはいかないもののいつもどおりだ。
食事中はキキョウをはじめとする話好きな面々がよく話し、イルミやオレは聞き役でいることが多い。
まあオレの場合イルミと違って寡黙というわけではなく、現状特に話題もなく聞き手に回ることが多いだけなのだが。
別段不仲を感じるものではない。
シルバが見舞いに来てくれていた頃は、よく困りごとを聞いてきてくれて、特に生活に不便はないだろうと思っているだろう。
実際あの時は何もなかったし。
だからこそ余計に原因が思いつかないのもわかるのだ。
「オレ、家族の事は愛してるし、家出がしたいわけじゃないんだ……」
「とにかくオレは帰ってきたばかりで状況がつかめん。最初から話せ」
オレはとにかくシルバの理解を。と、気がはやっていたかもしれない。
状況か……。
まずは怪我が治って動けるようになった時から話せばいいのか。
「何処から話していいか分からないから、長くなるかも……。
事の始まりはあの件があって1ヶ月後かな。オレ、体力とか念とか鍛えようと運動を始めたんだ」
▽
1ヶ月もしたら、怪我はおおむね治っており、体はでっぷりした贅肉で重たいもののちょっとした運動をする分には問題なさそうだった。
多少キリリと傷に響いて痛む事はあったけど、無茶をしなければ大丈夫な感じだ。
正直待ちわびた。
もっと早くから積極的に動いていきたかったけど、イルミが過保護で療養生活から脱出させてくれなかったのだ。
だけど、そのイルミの許可もでた。
運動したいといったら、散歩ならいいと言われて、毎日足が痛くなるまで散歩して歩いた。
ここまで肉がついているのは伊達じゃなく、最初は1km歩くのも息切れがした。
まったくもって念能力者とは思えない。
まあ本格的にダイエットをし始めたわけだ。
豚君って言われるのが嫌だっていうのもあるのだけどさ、メタボは百害あって一利なしで何にもいいことないんだよね。
それにコレだけ重たいと、足に根が生えて動く気力というものが減っていく。アクティブに行動するためにも減量は必要だし。
あとは、そう。
今回の怪我の原因は、ミルキが現場に行って失敗したから。
詳しくどう失敗かまでは聞いていない。だけど、傷の具合から仕合負けたのだと思う。
一般人よりは念能力者だから強いとは思う。実際散歩ついでに試しの門を開いてみたらUの門はあいたのだ。
だけど念能力者同士の戦いだったら、おそらく後手にまわる。
お世辞にも俊敏な動作とはいえないし。
情報担当で裏方だからといって、戦闘と無関係だとはいえない。
相手は強くないが人手がほしい。という状況は重々ありえるだろうし、それ以外にもゾルディックといえば狙われる要素は多々ある。身を守るだけの力は必要だ。
ダイエットは必要だけど、その手段が食事制限だけでは意味がない。
体力をしっかりつけながらダイエットする。それが重要なのだ。
午前中は歩き続ける。もう無理だと思うぐらい歩いた後は、部屋に戻り念を鍛える。
四大行と応用の基本を一通りこなす。
ひとりでやる訓練の仕方はイルミから聞いていた。
でも自主練だけじゃ限界だから、そのうちマンツーマンで見てもらえるように頼みたいと思う。
昼食後は、プログラミングとハッカー技術を主にサポーターとしての勉強をする。
先生は執事のゴトーだ。
彼は実働部隊員かと思いきや、実は裏方要員だった。
オレが役立たずな今、オレの分まで仕事を受け持っている。残りの彼の手に負えない案件は分家の情報担当にお願いしているらしい。
忙しい彼には申し訳ないと思いつつ、手ずから師事してもらっている。
一緒に仕事の案件を片付ける事が多く、いい勉強になっている。
やっぱり実践が一番だからな。
とまあ順調なすべりだしをしたのは最初の1週間だけだった。
1週間とはいえ毎日継続していたおかげで、オレはある程度の距離を歩く事ができるようになった。大体は玄関から試しの門あたりをうろうろとするのがメインだったんだけど、散策しつくしていて、未知の裏山にいってみようかと思い立った。
裏山は自然のまま動物が住み着いていて奥のほうは危ないが、近い場所はさほど危険はないと、カルトの話から分かっていた。
手近な場所からゆっくりとテリトリーを広げながら探検するのもいいかもしれない。
オレは裏山の方向へ足を伸ばそうとした。
その歩みを止めたのは、後ろからの気配。タイミングの悪い事に、今1番会いたくない人のものだった。
「ミルキちゃん何をしていらっしゃるの?」
「母さん……。ちょっとリハビリを兼ねた運動だよ」
「運動ってそちらは山じゃないの。危ないわ。また怪我をしてしまうわ。
リハビリなんて必要ないから、部屋で大人しくしていて頂戴」
「でもオレ体力もつけたいし」
「何で体力が必要なの? ミルキちゃんは情報担当でしょう? そんなもの必要ないわ」
「あるに越した事はないだろ? ある程度動けたほうがいいと思うんだ」
「いいえ、必要ないわ! この私がミルキちゃんを危ない場所には行かせないもの。そうだわ。ずっとこの家の中に居ればいいのよ。そしたら体力も必要ないし、危ない事もないわ」
名案だとばかりに、軟禁宣言をするキキョウ。
さすがに永遠軟禁は無理だし、遠慮したい……。
「ずっと引きこもっているわけにもいかないよ。忙しい時はオレも手伝いたいし」
「手伝わなくて、引きこもっていてもいいのよ。外に出たらまた怪我してしまうわ」
ミルキちゃんはそのままでいいの。
そうよ。お部屋でケーキでも一緒に食べましょう。
余計な事なんて考えなくてもいいの」
会話がループする。
キキョウも非常に過保護だ。
過保護っていうより、子供は自分のものだと思い込んでいるよな。自分の意見に沿わないと、キーキーと喚きだすし。
加えて、人の話を聞かない上に意見を曲げない。
まったく持って困った人だ。
「とにかくミルキちゃんは鍛えなくてもいいの。外に出たら連れ戻すように、使用人に命令しておくわね!」
キキョウは癇癪を起こして去っていく。もちろん近くのメイドに申し付けて、オレを部屋に閉じ込める事を忘れない。
そしてオレは部屋に閉じ込められる事になった。
まあオレも大人しく言うことをきいて、閉じこもっていたわけじゃない。
次の日、脱走を心見た。
円をしながらあたりに気を配り、庭までは出られた。だがゾルディック家の執事は優秀だった。
円が張られていることに気がつき、オレを特定してしまった。
抵抗もままならず、部屋へ逆戻りになってしまう。
その次の日は気配をさぐり逃亡してみた。
またしても、こういう時に限っては無駄に優秀としか思えないメイドによって捕まる。
念の使えないメイドだったのだが、オレの体は走って逃げるには重たかった。
懲りずに3,4回繰り返したら、メイドが扉の前に張り付いた。窓の外にも張り付いた。
どれだけ本気の軟禁だよ……。
もう溜息しかでない。
オレの逃亡事実を聞いたのか、キキョウの訪問頻度がアップした。
自分の目で見張ろうと思ったのか、暇じゃなくすれば良いと思ったのか、それとももっと体重を重くして動けなくなるのを狙ったのか……。
全部だったら非常にイヤだな。
キキョウという人物は全部と言われても納得できる奇異性があるから困る。
彼女は甘いものをたっぷりと伴って部屋を訪れる。
メイドにひかせるカートの上には、ひとり分とは思えない量の甘味品がのっている。
強制的に行われるお茶会は、見舞時の悪夢再来だ。
見舞いは自粛されたが、お茶会は約束外とのこと。
再び止めてもらおうにも、シルバがいないから彼女は止まらない。
ケーキもクッキーもプリンも甘いジュースもイラナイのだ。
美味しいのは分かっているが、食べたら血となり肉となるから、持ってこないでほしい。
以前と同様、食べるまで見届けるからごまかしも効かなくて非常に困る。
ゴトーとの勉強の時間だけが、オレの安寧の時だった。
「ゴトー助けてくれよ」
「申し訳ありません。奥様の命令には逆らえず……」
くそう。命令重視の執事なんて使えない!!
ゼノはキキョウを煩わしく思っている節がありかかわろうとしない。
活路はシルバしかなかった。
▽
「そして現状に至るわけか」
クックックとシルバは面白そうに笑う。
第三者の目からみたら、面白いかもしれない。だが当事者はまったく笑えない。
3週間の軟禁生活の間、本当に辛かった。
動きたいのに動けないストレスはまだ我慢できるよ? 電脳ページや本読めばいいし。
最近は腹筋や腕立てとか筋トレもできたからそこまでじゃなかったし。
でもキキョウとのお茶会は下手な拷問よりきつかった。
頭に響く高笑いと、自分本位で共感のもてない愚痴。下手に注意でもしようものなら、癇癪をおこして奇声をあげてくる。
対応に体力だけじゃなくて、精力も吸い取られるかと思った日々だった。
母なので嫌う事はないが、どうして彼女と結婚したのか機会があったらシルバに聞いてみたい。
オレはキキョウと結婚するぐらいなら独身でいい。
もし結婚不信になっていたら、これが原因だね。間違いなく。
根拠だってあるさ。
甘いものが嫌いになっていたんだ。
甘いもの=キキョウという結びつきを叩き込まれてしまったらしく、甘いものを見たいとか食べたいと思わなくなっていたんだ。
甘いものを堪える努力はしなくてもよくなったものの、これもトラウマだよな……。
「わざわざ家を出なくとも、そのお茶会の自粛ではいかんのか?」
「それだと一時しのぎでしかないと思う。たかが体力つけようというそぶり見せただけでコレだろ? オレはちゃんと鍛えるつもりなんだ。実戦訓練もするつもり。
そしたら傷とか出来るわけで、それ見たらまた母さんが騒ぐだろうし」
「キキョウの言うとおり、裏方として実戦に出ないでいる手もあるぞ? それとも裏方じゃなくて表に出てきたいのか?」
「裏方の位置づけを変えるつもりはないよ。その手腕の下地もあるし、実際ゴトーと一緒に情報収集やっていて楽しかったし。
だけど、強くもなりたい。合間に鍛えるぐらいで本格的には強くはなれないけど、後衛だからといって甘んじて足手まといになりたくないんだ」
「……そうか。変わったな」
「……ごめん」
変わったという言葉にオレは痛みを感じた。
見た目は何1つ変わっていないのだが、中身はがらりと変わってしまった。
そのことに悪意をむけられていないと分かっているつもりだが、それが変わってしまうのは怖い。
「謝ることはあるまい? いい方向への変化なのだからな。
いいだろう。確かにあれは事故以来ミルにかまいすぎている節がある。現状のままでは細かい怪我でも過剰に反応しそうだ。
一旦距離を置くのも悪くはない。
だがひとりでは出さないぞ? ゴトーをつける。住む場所はこちらで指定する。連絡はこまめにしろ。それが条件だ」
「家、でても、いい?」
「ああ」
「ゴトーまでつけて大丈夫?」
「それくらいはさせろ。あいつは何でもできる。いろいろと鍛えてもらえ」
ゴトーも一緒なのは非常に嬉しいし助かる。
情報収集技術だけじゃなく、体術も教わろう。
体力向上メニューとかも組んでもらえそうだ。
電脳ページで調べてプログラムでも組もうかと思っていたが、調べるより本格的なコーチが自動的にできた。
それになんとかなるだろうとおもっていた家事。
部屋が荒れることは覚悟の上、外食が多くなることも覚悟と思っていたが、ゴトーがいれば一挙に解決。
家政夫つきで自立とはいえないが、まだまだ保護の必要な10代だ。
ありがたく面倒はみてもらいたい。
色々とやりたいことは多数なのだ。
「ゴトーがいると助かるよ! 嬉しいよ。あ、あとさ、後で直接本人に頼むつもりなんだけど、アニキにも訓練つけてもらいたいんだ。だからさ、時々呼んでもいいかな?」
「イルミなら呼びつけなくても、自分から進んで遊びに行くと思うがな」
そういわれて確かにとおもう。
暇を見つけては見舞っていた彼のこと、多少距離が遠くなっても足げに通いそうだ。
そうなると、ゼノも暇だといいながら遊びにきそうだ。
師匠役はもしかしなくても事欠かないのかもしれない。
そのことはとても楽しいことだと思えた。
<ボツネタ>
「わざわざ家を出なくとも、そのお茶会モドキの自粛ではいかんのか?」
モドキって……。
確かにあれ茶は出てくるが「お茶会」ではないよな。
キキョウと出会って少なくとも20年以上はたつわけで、未経験なわけがない。
オレ、シルバのこと尊敬する……。