ぱちっと目を覚ますと、天井が見える。それはいつもどおりだ。
あれ? こんなんだっけ? あ。でもこんなんだった気もする。
意識がハッキリしない。
朝? オレ何していたんだっけ?
微妙に違和感を感じる天井。はっきりしない意識。激しく重たい自分の体。
いつもの目覚めとは違う。
ソレはわかる。わかるが何が違うのかよく分からない。
とにかく起きるかと、体を動かそうとすると、激痛が走った。
な、なんだ。
寝ている身体。手は動く。だが力がいれられない。
身体をもちあげるほどの力を入れようとすると、ずきずきと痛む。
何で痛いんだ? と、手だけ持ち上げてみると包帯だらけだった。
何でオレ、怪我してんだよ。
問題は手だけじゃない。
頭も痛いし、アバラも痛い。足も満足に動く感じがしない。
満身創痍。まさにその状態。
「よかった。ミル気がついたんだね」
いきなりかけられた声に驚愕し、目線を動かすと黒い瞳がオレを捉えていた。
ちょっとつりあがった猫目、さらさらのストレート。それらはともに闇のような黒色。
すらっとした長身のイケメンだ。
彼は大きな目をそのままに、表情をかえずにこちらを眺めている。
「え?だれ?」
「何いってんの? 冗談? 面白くないよ」
オレは至極真面目に聞いたのだが、どうやら冗談のようなことだったらしい。
見覚えはある。だけど本当に彼が誰だかわからない。
おや?
一瞬時間を置く。ちょっといろいろとやばい。記憶の混乱というのか。
ていうか混乱じゃすまねえんじゃね?
「ミルってオレのこと?」
「ミル?」
「ちょっと混乱してるっぽい。名前聞いても?」
「イルミ……。本気でいってるの?」
「結構マジ」
イルミの表情は相変わらず無表情に近いが、少しだけ変化する。
何か悩んでいるようで、様子を見ているようで……。
ごめん。イルミ。オレもどうして言いか分からない状態なんだ。
だが分かったこともあるんだ。
目前の青年を思い出したわけではないが、イルミという名前に聞き覚えはある。
黒目のストレートさらさらの黒髪、そして長身。特徴はそっくりだ。
ただ実物の存在じゃなかったけどさ。
実物じゃなくて、漫画の存在。HUNTER×HUNTERっていう題名の創作上の人物。
確か彼の弟の一人はミルキという名前だった。少ししか登場しなかったけど。
そういえば、さっきミルって言われなかったか?
もしかしたらオレへの呼びかけであっていたのかもしれない。
「オレのこと忘れた?」
「ごめん。覚えてない。なんでオレが怪我しているのかも、分からない」
「オレは兄だよ。ミルは仕事でミスして、その怪我おってる。思い出した?」
「えーと。ごめん」
「ちょっと父さん呼んでくる。大人しく寝てて。すぐ行ってくるから」
イルミは扉をあけ、部屋から出て行った。
父さん……? シルバが出てきたらどうしよう。っていうか、現状その可能性が一番高い気がするよ……。
それでもって、やっぱりオレがミルキなんだろうな。
かけられた布団を少しめくると、包帯にぐるぐるに巻かれた恰幅のある腹が出てくる。
贅肉たっぷりで、歩くのも大変そうだ。
覚えている絵よりかは、まだマシかな?と思えるものだが、体重3桁には突入していそうだ。
なんてことだ……。
何でミルキなんだよ。なんでデブキャラ。
キルアにブタ君って呼ばれるなんて嫌すぎる!
オレはこんなデブじゃなかったはずだ。もっとすらっとしていて、それなりにもてていたはずだ。
あれ?
オレって誰?
血がさーっと引いて、体温が急激に下がった気がした。
HUNTER×HUNTERという漫画を読んだ記憶はある。好きで何回も読み直した。
住んでいる場所は結構豊かで、犯罪とかは少なかったけど、政治がどーの、未来はどうなるだの、石油がやばいだのと悪いニュースは途絶える事はなかった。
学校にいかなきゃいけなくて、教育も何年かは義務で通った。
就職難で大変といいながらも、おおむね平和だった。
そんなオレは誰だ?
知識という枠、常識のようなものは覚えている。漫画の内容も覚えている。
だけども自分がどんな性格で何が好きだったか、名前がなんだったか、家族構成や通った学校名とか友達の名前。そういう自分を中心とした記憶がすっかりと抜け落ちている。
……今のオレはミルキで、余計な記憶はない方がいいというおぼし召しかもしれないけど。
何でいきなりこんな事になっているのか誰か説明してくれよ……。
まったくわからねえ……。
しばらくしたら、2mもあろうかという長身でがっしりとした偉丈夫が部屋にきた。
銀髪に獣のような瞳孔。
ああやっぱりシルバだ。
マジでここはHUNTER×HUNTERの世界なんだな……。
人が簡単に命を失ってしまう世界。
そして人の命を刈っていく一家。その一員になってしまったオレ。
「ミルキ。記憶がないって本当か?」
オレは痛む体を何とか持ち上げ、枕を背にして座った。
シルバは威圧感というのか?
とてもでかい男で、すごい男で、寝たままでは失礼とおもわせたのだ。
なんとか座った状態で、シルバの問いにコクリと頷いた。
「オレは父でシルバという。覚えていないのか?」
「ごめんなさい」
「頭も打っているみたいだからその影響だろう……。いずれ思い出す。あせらなくてもいい、記憶があろうとなかろうと家族であることには変わりないのだからな」
怖いイメージしかなかったシルバ。だが、家族には優しいのだな。
ミルキの記憶も、もう一つの記憶もはっきりしない現状で、シルバの言葉はしんみりしてしまった。不覚にも、男なのにちょっぴり目に水分がたまってしまった。
オレ、ミルキじゃないかもしれないよ? シルバの愛情をうけられる立場じゃないかもしれない。
だけど……・。ごめん。ごめんなさい。
オレこの世界で誰にも頼らずに生きていく自信がない。
家族の庇護と愛情が欲しい。オレがオレって分からない状態で、ただひとり放り出されるのが怖い。
ひとりで生きていけと放り出されるのが怖い。
体ひとつでこの世界は行き抜けていける自信なんてない。
ツテも友達も何もない。何も思い出せない。
今あるのは不安という心だけだ。
それ以外に、オレは何一つもっていないのだ。
「不安なのだな。大丈夫だ。
思い出せないのなら、また一つずつ覚えていけばいい。何も心配する必要はないんだ」
頭をぽんぽんと、その大きな手で撫でられる。
何人の血を吸ったか分からないその手だが、まったく怖さを感じず、むしろ暖かさを感じてしまう。
おっきな「父親」の手だ。
ごめん。シルバ……。いや、親父。
そう呼ばせてもらってもいいかな。
ミルキじゃなくて誰かわからないオレだけど、甘えさせてください。
千回万回と謝罪しても足りないだろうけど、黙って愛情を貰うオレを許してください。
貴方の愛情を嬉しく思うオレを許してください。
「泣くな。覚えてないかもしれないが、オレはお前の父親で、自分の子には弱い」
「な、泣いてなんか……」
いないと続けたかったが、ポロリと零れ落ちた1滴の水分に気がついて、言葉を続ける事が出来なかった。
「他のモノには伝えておく。ミルは安心して療養すればいい」
オレは手で目からこぼれた涙をぬぐった。
涙なんて恥ずかしすぎる。早く止まってくれ。
顔を見られるのが恥ずかしくて、まんまるのこの顔がこれ以上滑稽になって欲しくなくて、オレは顔をうつむけた。
誰にも見られないように。
シルバしかいないけど、シルバにも見られたくない。
「すまんな。次の仕事があって、長く居てやる事は出来ないが、また様子を見に来る。ミルは一旦寝るといい。今は混乱しているだろうが、寝て起きたら落ち着いているさ」
「うん。ありがとう」
がしがしともう一度頭を撫で、彼は部屋から出て行った。
オレはぼんやりと彼の後姿を眺めている。
親父……。
オレ上手く言えないけど、その優しさに答えられるように頑張るよ。
上手く出来ないけど、期待に答えられるように頑張るよ。
暗殺でも、ハッカーでも、自分を偽る事でも、なんでも。言われた事はなるべく答える。
家族は裏切らない。
『オレ』がいることで、マイナスにはしない。
オレ誓うよ。
オレは家族を裏切らない。
だから、だから――。
オレを見捨てないで――。
家族を一番にするから―――。