とりあえず何をすればいい?
オレは事態を収拾すべく思考をめぐらせた。
とはいえ現状のオレは何も分かっていないに等しかった。
シルバのターゲットが蜘蛛なのか、それとも他にターゲットがいて追跡中に障害として蜘蛛が現れたのか?
それすら分からない。
後者の蜘蛛以外がターゲットだったならば、問題はない。
クロロの心配は杞憂に終わり、このまま怪我が治るのを待てばいい。特にゾルディックが襲ってくる事はない。
だけど、前者の蜘蛛がターゲットだった場合は非常にまずい。いずれ場所を特定し、ここに現れる可能性は高い。
オレはシルバを裏切る事はできない。
そんな状況になったならば、逆らう事なくクロロを差し出してしまう。
それが、オトモダチを売る行為だとしても。
クロロの依頼を破棄する結果になったとしても。
オレは握り締めた携帯を見る。
「昨日の仕事は終了した?」とそんな風に、無関係なフリをよそおって電話をかけて聞いてみようか。
ターゲットが蜘蛛じゃないのならば、きっと昨晩のうちに片付けて終了している。
直接的に聞くわけにはいかないけど、それくらいなら…・・。
一瞬名案のようにおもえたが、すぐにかぶりをふる。
おそらく、蜘蛛がターゲットの可能性が高い。
割の合わない仕事を嫌がる人たちだ。ターゲットでもないのに、蜘蛛と戦うだろうか? 牽制ぐらいならば可能性もあるだろう。だけど、クロロの傷の具合をみるからに、ガチでやっている節がある。
電話をかけることにより、蜘蛛の居場所を調べろとお願いされるかもしれない。そしたら、オレはどう答える? 考えるまでもない、クロロは我が家にいると答えてしまう。
オレは携帯の電源をOFFにし、ポケットにねじ込んだ。
今はゾルディックと連絡をとるわけにはいかない。
いっそ、蜘蛛がターゲットだと過程して……。
「何かあったようだな」
その呼びかけにより、思考がさえぎられる。
顔をあげてみれば、クロロが真剣な顔つきでこちらをうかがっている。
普段の声色より幾分か低い。
「あー、うん。電話でちょっとあってね」
「ほう? 何を聞いた?」
低く響くその声は、オレの一連の動揺を見抜いているようだった。
実際気がついていたのかもしれない。
電話後、オレは挙動不審な態度をとっていただろう。勘の鋭いクロロだ、気がついて当然だ。
「……たいしたことじゃな…」
「ごまかしはナシだ。何を聞いた?」
クロロの手に1冊の本が浮かびあがる。
彼は折れた手でページをめくる。めくりづらそうにゆっくりと。
だけど、こちらへの注意は一瞬たりとも怠っていない。
「クロロが対立した相手……ゾルディックみたいだね」
「それで……」
彼のページをめくる手が止まった。
凝をして見てみると、空中に念魚たちが漂っている。
オレを避け、中をゆったりと快適そうに泳ぐ念魚たち。クロロの意志次第ですぐにオレの肉めがけて喰らいついてくるだろう。
クロロを招待したとき、オレに危害は加えないと約束をした。
だけど約束違反だとなじる気にはなれなかった。
オレの動揺がクロロの琴線に触れたのだ。
悪いのはどっちだと言われたら、オレの方に非はある。
「それを知ってお前はどうするんだ? 裏切る算段でも考えていたのか?」
「違う。オレが考えていたのはそんな事じゃないんだ」
ゾルディックが、オレにクロロの所在を要求してこない限りは、このまま隠蔽工作は続けるし、自ら所在を教えるような事はしない。
だけど、オレではキャスティングミスなんだ。
オレの技術はゾルディック畑の産物だ。ゾルディックの人間からみたら、簡単な謎解きでしかない。
「ただ、オレじゃゾルディックからは隠しとおせない……」
「出て行けというなら、出て行くが?」
そういえば、そんな手もあったんだな。言われて始めて気がついた。
オレはずっとクロロを助ける方向で、思考をめぐらせていた。
出て行けっていう一番簡単な行為は最初から視野に入れていなかった。
なんていうか、見捨てたくないと思っているんだ。
優先順位があって、最後まで裏切らないとはいえない立場だけど、オレで力になれるのならば、力になりたいと、そう思ってしまっている。
「クロロがそうしたいなら止めない。だけど、手伝っていいなら手伝う」
「何を手伝うというんだ?」
「隠すのは限界がある。だから、方針を変えよう」
先ほどの途切れた考えの先。
ターゲットが蜘蛛だと過程して、どうやってきりぬけるか。
その答えはひとつしかない。
依頼人を殺せばいい。
「隠れるのではなくて、攻撃にでるんだ」
「二人でかかっても勝てる相手じゃない」
「ゾルディックには立ち向かわない。オレらの目標は依頼人のほうだ。ゾルディックに狙われた場合、依頼人を探し出して殺すか、依頼の撤回しか逃げ道はない」
「それで解決になるのか?」
「なる」
「ゾルディックは快楽殺人者集団じゃない。依頼人がいなくなった地点で、その依頼はなかったことにされる」
調べもしないで、いきなり断言なんて信憑性に欠ける台詞だと、自分でも思う。
だけど原作を知っているというだけでなく、ゾルディックという家柄、そして人物を体感でもって知っている。
間違いなく真実であり、クロロには信じてもらうしかない。
「……オレはどのくらいお前を信用していい?」
電話と同じ問い。
何を思っての問いかけなのか分からないが、オレの答えはあの時と少し足りとも変わっていない。
だけども状況が少し変わっている。
ほんの少しだけ、言い方を変えてオレは答えた。
「クロロは、オキニイリと敵対しない限り裏切らない存在だよ」
「……そうか」
パタン
クロロの手にある本は閉じられ、念魚達は宙にかき消えた。
視点を戻すと、本はすでに彼の手から消えていた。
しんじて、くれた?
「依頼人とやらは、すぐに見つかるのか?」
「最善をつくす」
「日が落ちるまでだ。それまでに突き止めろ。今日中に片をつける」
時間がない。
オレにとってもそうだ。家族にこのことがばれる前に、オレが知らないフリで通せる状況の間に終わらせないといけないのだ。
▽
オレとクロロは仕事部屋というか、PCルームに場所を移していた。
調べるには、このオレの相棒ともいえる機器類の力が必要だ。
「すごい量だな」
「これで生活しているようなものだからね。部屋の中に入るのはいいけど、何一つ触るなよ。触ったらクロロでもゆるさねーから」
クロロはこの部屋の様子に驚いているようだった。
まあ自分で言うのもなんだが、部屋に敷き詰められた機器類は一個人が持つには多すぎる量だ。
L字型の広めの机にはところ狭しとモニタや、PCや、プリンターなど、さまざまな機械が並んでいる。
ひとつでは足りないから、キーボードやマウスも5つずつ。
部屋の中にはラックがいくつかあるが、この上こもさまざまな機材が配置されている。
機器類の乗っていないL字型の机が1つあるが、これはゴトーがいた名残だ。
クロロは触らないというアピールなのか、ドアのすぐ近くの壁によりかかって立っていた。特に部屋の中を見て回るつもりはないようだ。
「クロロ、依頼人に心当たりは?」
「バークレイファミリーとミゼット社、あと昨日盗みに入った国立美術館、おそらくこのあたりだな」
「りょーかい」
オレはキーを叩き始める。
依頼人を捜し当てる自信はあった。
仲介を介すか、直接電話するのか。本邸か、個人携帯にかけるか。多少差はあるが、電話での依頼が9割以上をしめる。
実際にククルーマウンテンのゾルディック邸に来る奴は0に近いし、手紙や念の連絡という方法を取るのはごく一部だ。
となると、候補の中の関係者全員の通話記録を洗い出し、自分の見覚えのある番号にかけている奴を調べ上げればいい。
そいつが依頼人であり、オレらのターゲットとなる。
クロロは少ししたら、見ているのに飽きたのか部屋を退出していったが、オレは特に気にする事なく作業を続けた。
<ボツネタ>