シルバとの拝謁の後、彼の言葉通りオレは寝ていたらしい。
ぼんやりと窓の外をみると、空は朱に染みを広げており、夕焼けは何処でも赤いのだな。と情緒を誘った。
痛みさえなく、自分の姿をみなければ元の世界と間違えていただろう。
ああユメだったのか……。と思い込んでいただろう。
だが、痛みは現実へと引き戻す。
真実をみろ。お前はここにいる。
そう訴えている。
訴えてこなくてもいいのにと、溜息が出る。
だけど今はだいぶ落ち着いていた。寝てすっきりしたのかもしれない。睡眠は頭の休息というがそのとおりだ。
不安は抜け切っていないけど、なんとかなるだろうと思えた。
トントン
部屋のノック。
ワンテンポ遅れて扉が開く。
「あ、起きていたんだ」
「イルミさん?」
「さんはいらない」
「へ?」
「ミルはアニキって呼んでた。他の兄弟は、イル兄って言う。どっちでもいけど、イルミさんはダメ」
「わかった。アニキ、何か用事?」
「起きられないだろうから、ご飯もってきた。食べられる?」
「ありがと。食べる」
イルミは片手でトレーをもち、もう片手でオレが起き上がるのを手伝ってくれた。
でっぷりした上半身は支えるだけでも重たいだろう。
自分が体をあげるだけでも一苦労で、その質量がわかるというものだ。
とりあえず、元気になったらダイエットがしたい。
出来たら早急に。
だけども、体を直さないことには何もできない。
食べないでいたら直りだって遅くなる。これ以上迷惑かけるわけにも行かない。
イルミは優しい。原作のイメージとはまったく違う。
無表情だけど、背に添える手はオレの怪我を気遣ってくれている様子がわかるし、記憶がないからといってオレをなじってこない。
まだ2回しかあっていないから、勘違いの可能性かもしれないけど。
でもそうじゃない気がする。
起き上がった上半身の後ろに、楽になるようにクッションをおいてくれて、サイドテーブルにあるグラスに水をついでくれたりとよくしてくれる。
「あーんってする?」とかスプーンもって食べさせてこようとしたときは、ソレ違うから! って突っ込むべきかと悩んだが、マジでやってると気がついて丁重にお断りしておいた。
微妙に感覚がずれているのは原作どおりだった。
布団の上に行儀悪くもトレイを置き、ご飯を食べる。
病人食というとおかゆのイメージを持ってしまうオレなんだが、持ってきてくれた食事は野菜のスープだった。
野菜は噛む必要性のないぐらい、とろとろに煮込んである。
あまり濃くないチキンスープの味は優しい味わいで、美味しかった。
だけどぴりっとした刺激がないのがちょっと物足りない。
−−ていうか、何でオレぴりっとした刺激もとめるよ。毒の味が舌に染み付いてて、ソレがないと物足りないっていうやつ?
毒にも耐えれるっていうのはメリットで毒殺の恐怖はなくなるし、今後の食事も大丈夫ってことでいい事ずくめなわけなんだけど。
オレの体が、味覚がミルキなんだなって。
そう再確認してしまう。
いやって言うわけじゃない。
ああ、でも選べるならスマートでハンサムなほうがよかったけど。
そうじゃなくて。
ひとつひとつ、オレはミルキなんだ。って確認をして自分に言い聞かせる。
「もっといる?」
「おなかいっぱいってわけじゃないけど、もう大丈夫。
もう少し刺激があってもいいかなって気がしたけど、旨かった」
「怪我が酷いから毒抜きにしたって、ゴトーが言っていたからそのせいかも」
やっぱり普段は毒入りか。
「ミルキ・ゾルディック」
「ん?」
「それが、ミルの名前。記憶ないみたいだから」
イルミは何も隠さず教えてくれた。
淡々とした口調だけど、オレが分かりやすいように丁寧に。そして、一気に言わずにゆっくりと時間をかけて話してくれた。
家族構成のこと、暗殺業のこと、毎日の生活のこと。
毒入りの食事や、拷問の訓練も。
オレのことも教えてくれた。
オレは今15歳で、イルミは20、キルアは8。アルカとカルトの年齢も聞いた。
キルアが12のとき原作開始だから、今は4年前になる。
そのキルアは今現在、天空闘技場で200階チャレンジ中らしい。
他の兄弟はそのうち紹介含め顔を見ることになるだろうけど、キルアはだいぶ先になるとのこと。
オレを豚君呼ばわりするだろう存在なので、先延ばしでまったくもって問題ない。まだ130階前後をうろうろとしていて当分時間はかかると思う、との事だ。
そのきたる時までに痩せておかないといけない。
豚とか言われたくない!
たとえ見た目がそうであっても、そんな事言われたらやっぱりむかつくし。
後、念のことも教えてくれた。
すでにオレは精孔の開いている状態。すなわち念取得後であったらしい。
特に意識していないだけあって、垂れ流し状態でいたらしい。イルミの指示に従ってオーラを意識すると確かにもわもわとした湯気みたいなものを感じる。
纏に始まり、絶、円、凝をやってみる。
少し時間はかかったけど、問題なくできた。
体が覚えているのだろう。
だから分かったこともある。精度が低い。もっと流麗にできたはずだって。
上手く動かない手足みたいな感覚。
視力が一気に落ちたような感覚。
上手くいかなくて、焦る。イライラする。
もっと円は薄く広がったはずなのに、もっと絶で気配をけせたはずなのに、もっとすばやくオーラを一箇所にあつめることができたはずなのに……。
4大行と7つの応用技のうちの4つをやっただけでこの有様……。
重要な堅とか発がどのような状態かと考えただけでも恐ろしい。
間違いなく酷い状態だと思うから。
「燃や発、堅とかは今はダメ。体が直ったら教えるから。後できたら絶は怪我の直りを早くするから出来るだけやっていて」
「なあ。アニキ。オレこんなにも念下手だった?上手くオーラが動かなくてもどかしいんだ」
「今は怪我しているだろ? あせらなくていいよ」
「でもコレじゃ足手まといだ」
「何故そんなに急いでいる?襲撃なんてここ十何年とないし、大仕事の予定もない。特に急いでやる事なんてないはずだけど。
……。別に何にも出来なくてもミルを責めないし、家族の縁だってきるつもりはないよ」
「だけど」
「もし、もしもミルがずっと何も出来なかったとしても、オレが二人分働くから問題ないよ」
「そんな事……」
ぷに
「にゃ、にゃにすぅん」
「余計な事ごちゃごちゃいわない。兄が大丈夫だと言えば大丈夫。そんな事も分からなくなったの?」
「ひた、ひたいって」
遠慮なくつねられる頬は、マジで痛くて涙が出そうになる。
そうこれは痛い為の涙だ。
兄の優しさに感動したからじゃない。
<ボツネタ>
「ミルの頬つまみにくい……」
ぱんぱんに膨らんだものほどつまみにくいものだ。
分かってるわかってるから、そんな事いわないでくれよおおおお。