2.オレのこと


 シルバとの拝謁の後、彼の言葉通りオレは寝ていたらしい。
 ぼんやりと窓の外をみると、空は朱に染みを広げており、夕焼けは何処でも赤いのだな。と情緒を誘った。
 痛みさえなく、自分の姿をみなければ元の世界と間違えていただろう。
 ああユメだったのか……。と思い込んでいただろう。
 だが、痛みは現実へと引き戻す。
 真実をみろ。お前はここにいる。
 そう訴えている。

 訴えてこなくてもいいのにと、溜息が出る。
 だけど今はだいぶ落ち着いていた。寝てすっきりしたのかもしれない。睡眠は頭の休息というがそのとおりだ。
 不安は抜け切っていないけど、なんとかなるだろうと思えた。

 トントン

 部屋のノック。
 ワンテンポ遅れて扉が開く。

「あ、起きていたんだ」

「イルミさん?」

「さんはいらない」

「へ?」

「ミルはアニキって呼んでた。他の兄弟は、イル兄って言う。どっちでもいけど、イルミさんはダメ」

「わかった。アニキ、何か用事?」

「起きられないだろうから、ご飯もってきた。食べられる?」

「ありがと。食べる」

 イルミは片手でトレーをもち、もう片手でオレが起き上がるのを手伝ってくれた。
 でっぷりした上半身は支えるだけでも重たいだろう。
 自分が体をあげるだけでも一苦労で、その質量がわかるというものだ。

 とりあえず、元気になったらダイエットがしたい。
 出来たら早急に。
 だけども、体を直さないことには何もできない。
 食べないでいたら直りだって遅くなる。これ以上迷惑かけるわけにも行かない。

 イルミは優しい。原作のイメージとはまったく違う。
 無表情だけど、背に添える手はオレの怪我を気遣ってくれている様子がわかるし、記憶がないからといってオレをなじってこない。
 まだ2回しかあっていないから、勘違いの可能性かもしれないけど。
 でもそうじゃない気がする。

 起き上がった上半身の後ろに、楽になるようにクッションをおいてくれて、サイドテーブルにあるグラスに水をついでくれたりとよくしてくれる。
「あーんってする?」とかスプーンもって食べさせてこようとしたときは、ソレ違うから! って突っ込むべきかと悩んだが、マジでやってると気がついて丁重にお断りしておいた。
 微妙に感覚がずれているのは原作どおりだった。

 布団の上に行儀悪くもトレイを置き、ご飯を食べる。
 病人食というとおかゆのイメージを持ってしまうオレなんだが、持ってきてくれた食事は野菜のスープだった。
 野菜は噛む必要性のないぐらい、とろとろに煮込んである。
 あまり濃くないチキンスープの味は優しい味わいで、美味しかった。

 だけどぴりっとした刺激がないのがちょっと物足りない。

 −−ていうか、何でオレぴりっとした刺激もとめるよ。毒の味が舌に染み付いてて、ソレがないと物足りないっていうやつ?
 毒にも耐えれるっていうのはメリットで毒殺の恐怖はなくなるし、今後の食事も大丈夫ってことでいい事ずくめなわけなんだけど。
 オレの体が、味覚がミルキなんだなって。
 そう再確認してしまう。

 いやって言うわけじゃない。
 ああ、でも選べるならスマートでハンサムなほうがよかったけど。
 そうじゃなくて。
 ひとつひとつ、オレはミルキなんだ。って確認をして自分に言い聞かせる。

「もっといる?」

「おなかいっぱいってわけじゃないけど、もう大丈夫。
 もう少し刺激があってもいいかなって気がしたけど、旨かった」

「怪我が酷いから毒抜きにしたって、ゴトーが言っていたからそのせいかも」

 やっぱり普段は毒入りか。

「ミルキ・ゾルディック」

「ん?」

「それが、ミルの名前。記憶ないみたいだから」

 イルミは何も隠さず教えてくれた。
 淡々とした口調だけど、オレが分かりやすいように丁寧に。そして、一気に言わずにゆっくりと時間をかけて話してくれた。
 家族構成のこと、暗殺業のこと、毎日の生活のこと。
 毒入りの食事や、拷問の訓練も。

 オレのことも教えてくれた。
 オレは今15歳で、イルミは20、キルアは8。アルカとカルトの年齢も聞いた。
 キルアが12のとき原作開始だから、今は4年前になる。
 そのキルアは今現在、天空闘技場で200階チャレンジ中らしい。

 他の兄弟はそのうち紹介含め顔を見ることになるだろうけど、キルアはだいぶ先になるとのこと。
 オレを豚君呼ばわりするだろう存在なので、先延ばしでまったくもって問題ない。まだ130階前後をうろうろとしていて当分時間はかかると思う、との事だ。
 そのきたる時までに痩せておかないといけない。
 豚とか言われたくない!
 たとえ見た目がそうであっても、そんな事言われたらやっぱりむかつくし。

 後、念のことも教えてくれた。
 すでにオレは精孔の開いている状態。すなわち念取得後であったらしい。
 特に意識していないだけあって、垂れ流し状態でいたらしい。イルミの指示に従ってオーラを意識すると確かにもわもわとした湯気みたいなものを感じる。

 纏に始まり、絶、円、凝をやってみる。
 少し時間はかかったけど、問題なくできた。
 体が覚えているのだろう。
 だから分かったこともある。精度が低い。もっと流麗にできたはずだって。

 上手く動かない手足みたいな感覚。
 視力が一気に落ちたような感覚。
 上手くいかなくて、焦る。イライラする。
 もっと円は薄く広がったはずなのに、もっと絶で気配をけせたはずなのに、もっとすばやくオーラを一箇所にあつめることができたはずなのに……。

 4大行と7つの応用技のうちの4つをやっただけでこの有様……。
 重要な堅とか発がどのような状態かと考えただけでも恐ろしい。
 間違いなく酷い状態だと思うから。

「燃や発、堅とかは今はダメ。体が直ったら教えるから。後できたら絶は怪我の直りを早くするから出来るだけやっていて」

「なあ。アニキ。オレこんなにも念下手だった?上手くオーラが動かなくてもどかしいんだ」

「今は怪我しているだろ? あせらなくていいよ」

「でもコレじゃ足手まといだ」

「何故そんなに急いでいる?襲撃なんてここ十何年とないし、大仕事の予定もない。特に急いでやる事なんてないはずだけど。
 ……。別に何にも出来なくてもミルを責めないし、家族の縁だってきるつもりはないよ」

「だけど」

「もし、もしもミルがずっと何も出来なかったとしても、オレが二人分働くから問題ないよ」

「そんな事……」

 ぷに

「にゃ、にゃにすぅん」

「余計な事ごちゃごちゃいわない。兄が大丈夫だと言えば大丈夫。そんな事も分からなくなったの?」

「ひた、ひたいって」

 遠慮なくつねられる頬は、マジで痛くて涙が出そうになる。
 そうこれは痛い為の涙だ。
 兄の優しさに感動したからじゃない。

<ボツネタ>
「ミルの頬つまみにくい……」
 ぱんぱんに膨らんだものほどつまみにくいものだ。
 分かってるわかってるから、そんな事いわないでくれよおおおお。