13.熱帯夜の珍事 Vol.4

 パドキア共和国にもマフィアはいる。
 ああいう奴らはゴミのようにあふれていて、ひとつつぶれても、どこかから増殖しておわりがない。程度の低いバカの集まりだとは思うのだが、お金だけは持っていて、時には依頼主になったりしている。
 逆にターゲットになることも多いわけだが。

 日が傾いた夕暮れ時、オレとクロロは頭ひとつ飛び出たビルの上から、一件のマフィアの巣を眺めていた。

 調べた結果、ゾルディックと接触があったのは、バークレイファミリーだけだった。
 依頼の動機としては、彼らの経営するカジノをつい先日蜘蛛につぶされた事に起因しているだろう。カジノ場だというのに、虚栄心に火がついて、自慢のお宝を見せびらかす場にしていたというのだから、自業自得だと思う。

 でも、金をもっているファミリーなのは間違いない。

 栄えた街の一角に広がる、巨大な敷地。
 高い塀に囲まれた中は、人口湖や、テニスなどのスポーツ場、そして花壇だけでなく木々まで配置されているなど、庭という範疇を軽く越えていて、その辺にある公園よりもはるかに立派だ。
 大きく堂々とした門の横には、当然のごとく守衛室がある。
 邸宅は門から一直線に伸びた道の先。敷地の大体中央付近に構えている。

「ここか?」

「そう。ここがバークレイファミリー、暗殺を依頼した迷惑な人の根城だね」

 オレは隣に立つクロロに3枚の紙を渡した。
 出かける前に調べた情報をプリントアウトしてきたものだ。

 1枚目はターゲットの写真。
 歳は30半ばぐらい、ひげを生やしていて厳しい目つき、そしてがっしりとした体つきの男が写されている。
 2枚目は敷地図。眼前に広がるキャンパスとなんら変わらないものが描かれている。
 3枚目は中央の本邸の見取り図になる。

 ソレを元に、オレは説明を続ける。

「ターゲットはグスタフ=バークレイ。当主の長男で先日旅団がつぶしたカジノの経営をしていた男だよ」

「カジノをつぶされた恨みで暗殺依頼か……。どこのマフィアも短絡思考なのは一緒だな」

「彼らにとっては、報復は権利って思考なんだよ」

 マフィアはオレ様理論を振りかざし、やられたらやり返すが基本スタンスだ。暗殺業の手伝いをしているとこの心理がよく見えて知っていた。

「ターゲットがいるのは、中央の屋敷で、他の建物にいる事はまずない。護衛は屋敷毎に何人かが配置されていて、残りは門付近にある建物に待機もしくは休憩をしている。護衛用の宿舎もかねているみたいだから、長引くと宿舎から応援が駆けつけてくるだろうね」

 ぺらりと紙がめくられる。

「行動範囲は、最後の紙に書いてある。赤丸が私室で21時以降はほぼこの部屋にいる。それ以前は夕食や風呂やらで、出歩く可能性があるから少し行動範囲は広い。時間によって特定は無理。探す手間を省くなら21時以降を進めるかな」

「あの短時間でよく調べたな」

「やるからには、最善を尽くしたいからね」

 時間がない中、やれることはやったと思う。だけど非常に大変だった。
 こういうときにハンターライセンスが欲しいと思う。お金さえあれば、すぐに情報が引き出せる。
 幸いセキュリティや情報流出に甘いマフィアだったから集まったという状態。まだまだ自分の力不足を感じた。

「そんな事よりさ」

 オレはクロロの腕をみた。
 添え木も、ギブスもされてなく普通に服を着ているが、折れているのだ。今は念で被いカバーして何事もないように振舞っているが、その手で攻撃する事はなきない。
 1日弱ゆっくりと休憩した事で、オーラも体力も回復しており戦闘に支障はないといっても、怪我人という事実はかわらない。

「ここまで来て聞くのもなんだけど、怪我は大丈夫?」

「マフィアひとつぐらいならば、この程度の怪我ハンデにもならないさ」

「そうは言うけどさ」

 マフィアの本邸にしのびこむのに、怪我人が主戦力で大丈夫なのだろうか。オレも鍛えてはいるけど、どこまで通用するかは分からない。
 シャルナークがいれば、安心して完全に裏方に徹する事ができるのだけど。
 残念ながらシャルナークはいない。

 シャルナークと合流しようと、クロロに提案したのだが「オレ1人で問題ない」と却下されてしまったのである。
 戦力的に不安ではあったのだが説得するだけの要素もなく、逆に合流によりゾルディックに見つかるかもしれない危険性と、シャルナークには囮になってもらうと言われては折れるしかなかった。

「オレの強さを信じろ」

 自信満々に言い切る。
 こういうのをカリスマというのか、不思議と信じてしまう。
 だけど、素直にうなずくのも癪に障って顔を背けて黙り込んだ。

「フッ。子供だな。闇にまぎれて侵入する。21時にあの交差点で待ち合わせだ」

「……わかった」

 オレがうなずくのを見るとクロロは口端を上げて笑みを作った。

「遅れるなよ」

「遅れねーよ。あ、でも携帯忘れていて通じないから。一応頭にいれといて」

 そしてクロロは「また夜に会おう」と残し屋上から飛び降りた。
 他の人が見たならばびっくりする光景だろうが、オレの周りの人物ではよくあることだ。特に心配もする必要もない。

 そういえば。役に立つかは別として、実動班として表に立つのは初めてだな。

 今までは暗殺に関係する事は何回もしてきた。裏方として現地に行くことも何度もあった。
 自分で避けていたわけじゃないが、前準備で疲れたオレをさらに実動で狩り出すほど戦力に困った事もないし、もちろん家族の思いやりもあったと思う。
 今回は流されてこういう状況になったものの、念という優位性もある。足手まといにはならないだろう。

 だけど初めての前線はゾルディックの仕事じゃありませんとか、ばれたくないなぁ。

 なんとなく家族に悪い気がして。
 オレはポケットに手を突っ込み、中に入っていた携帯を握り締めながら落ちてく太陽を見た。
 忘れていて通じないわけではない。
 朝に電源を切ったまま、沈黙を守っているだけだ。



 ▽



「狩りの開始だな」

 時間になり、オレたちは再び集まっていた。
 ターゲットの門前はすぐ目の前だ。

「あ、まって」

 すぐに塀を飛び越えようとしていたクロロに対し、オレは制止をかける。

「どうした?」

 その問いには答えず、オレは意識を集中して念の“発”を発動する。

 ふっと、何もなかった空間に質量が具現する。
 茶色の縞々の翼をもち、鋭い眼光と鍵爪を持つ大きな鳥。それはワシによく似ている。
 1回羽ばたき、オレの腕にとまる。
 素肌の上に乗っかるが重みを感じることも、そして鍵爪がオレを傷つける事もない。

「具現化系か」

「そ。機器類を壊す事に長けているオレの念鳥」

 オレの念、【機器を狂わす鷲(クラッシャーイーグル)】
 この念鳥が触れた機器類を修復・変化・破壊する事ができる。
 ただし、電気(電池)で動くもの限定で、ガソリンや灯油などの原油類、そして念で動くものは対象外となる。

「でもまだ訓練中であまり使いこなせていないけど、監視カメラや照明ぐらいは無効化できるし」

「それだけじゃなさそうだけどな」

 クロロはニヤリと一言そえる。
 さすがに素直に壊すだけだとは思わなかったようだ。

 実際壊すだけなら、投石などして壊せばいいのだ。それだけの単純な念にするわけがない。
 機器類なら修復と変化も出来るオレの能力。破壊も故障に見せかけられるという使い方をすれば、使い道は多々ある。

 クロロに言わなかったのは、ぺらぺらとしゃべって盗られる危険度を上げる必要もないからだ。

「手札を必要以上にさらす気はないっ。とりあえず、照明の無効化というか配電室壊して停電させたいんだけど」

 闇に乗じるといっても、庭にも警備はいるだろうし、監視カメラもある。加えて、照明の死角までは調べられていない。見つかる可能性は高い。
 むしろ旅団の今までの活動の仕方を考えると、クロロは見つかっても気にしないのかもしれない。
 そんな力ずくの方法も嫌いじゃない。だけどオレは小細工ができるならする。それが裏方の本領というものだ。

「好きにすればいいさ」

「する。少し待っていて」

 オレは塀の上に飛び上がり、配電室の姿を視界に納める。

 目当ての配電室は護衛たちが待機する屋敷の隣にちょこんと立っている。
 屋外に独立してある事は少なくないのだが、マフィアとしては迂闊で甘いといえる。だが好都合だ。
 加えてドアが電子ロック式の鍵だったから、念鳥の能力で壊して入れる。
 別に高い知能を持っているわけではないが、「中の機器類を全部壊せ」という単純な命令なら問題ない。

「グーイ、行け」

 グーイというのは、オレがつけた念鳥の名前だ。
 GUIというIT用語から引用している。

 念鳥は一声あげ羽ばたき、移動する。
 隠(いん)で姿を消しているので、他の人に見られることも監視カメラに移る事もない。
 すぐにドアにたどり着き、鍵を操作しロックをはずす。
 扉は自動ドアのように横にスライドし、念鳥は中へと入っていった。

 程なくして、敷地内の明かりが一気に消えた。
 無事に我が念鳥は役目を果たしたようだ。

「楽になるな」

 隣からクロロの声がした。
 暗闇になったのに気がつき塀の上にあがってきたようだ。

「行くぞ」

 そう残しクロロは飛び降りる。オレも遅れないように後に続いた。





 月明だけになった庭園を、オレたちは疾走する。
 仕事を終えた念鳥のグーイはオレの少し上を並んで飛んでいた。
 後方になった守衛室などでは混乱しているようで、ざわめきが聞こえる。庭を巡回している警備員もいたが、停電に戸惑っているようでオレたちに気づく事はなかった。
 だけど闇が味方をしたのは、目的の本邸までの道のりまでだった。

「お前ら、警戒態勢をひけ!」

 屋敷の電気は別の発電機系列があったのだろう。
 オレたちがついたときにはすでに電気が復旧しており、護衛と思える人間がばらばらと警戒態勢を引いている様子が窓越しに見えた。

 入り口のドアの前には、スーツ姿の男が2人。侵入者に備えて見張っている。
 オレ達は植木の陰から様子を伺っていた。

「オレは奥を殺る」

「わかった」

 クロロは窓からこぼれる光を避け、暗闇を縫い移動する。
 そして相手が気づく前に、ナイフを投げた。

 ナイフはスーツ男の胸にふかく刺さり、小さく声をあげて倒れる。
 倒れた男の胸際、ナイフの周囲からはこぽこぽと血が留めなくあふれていき、服を染めた。

「お、おい。ダ……」

 もうヒトリの男は、突然相方が倒れたのに驚き声を張り上げようとするが、その男の背から腕が突き刺さり、腹から手を生やす。出そうとした声は声にならず掻き消え、体は衝撃で、宙に浮かびあがる。
 鮮血が一瞬遅れて飛び散る。
 だがその時には腕は引き抜かれ、血とともにその体は重力に従って地面に落ちた。

「オレ必要なかったんじゃないか……」

 クロロの足元に転がる死体を二つ眺めながら、オレは溜息をつく。
 出るまでもなく、クロロはあっという間に二人の男の息の根を止めてしまった。

「オレの強さを信じろといっただろう?」

 確かにオレはクロロ=ルシルフルの強さを甘く見ていたようだ。
 マフィア程度ではまったく相手にならない。
 デタラメだ。





 扉の上のバルコニーに飛び上がり、窓から中の様子を見る。
 中は吹き抜けのエントランスが広がっており、ここにも何人かの護衛が居た。幸い、外でコロシが行われた事にはまったく気づいた様子はない。
 外で起きた突然の停電に対し、警備強化はしているようだが、まだ余裕が見られる。
 凝をしている様子はない。そもそも念を使えないだけかもしれないが。

「ラクル、中の明かりを消すことは出来るか?」

 クロロが聞いてくる。
 明かりは、大きなシャンデリアがひとつ。そしてスポットライトが多数。
 スポットライトは、電球が飛び出ているわけではなく、壁に穴があいていてその中に電球が埋め込まれている。投石等では真下からじゃないと破壊できない形だ。

「一気じゃなくて順次になるから警戒されるだけかも。そうじゃなくて、シャンデリアを瞬間的に発光させて、気を引くのはどうかな? 多少の目くらましにもなるし」

 変化の能力で中央のシャンデリアの明るさを異常なほど高め、回線をショートさせる。瞬間的にやればそれなりの光量になる。

「壊すだけじゃないな。変形……いや変化か」

 にやりと嫌な笑みを見たような気がするが、気のせいという事にしたい。
 クロロの了解が得られ、グーイは肩から飛び上がり窓から屋敷の中へと侵入する。陰をしているが、クロロという実力者に隠しきれるほどでもないから、問題はない。

「グーイがシャンデリアに着地して3秒後発光させる」

 誰に気づかれる事もなく、念鳥はシャンデリアの上に音もなくとまる。

 ――3、2、1、バチッ!

 ショートした嫌な音と、過剰な光量が部屋を照らす。

「な、なんだ!」
「うわっ!」

 すぐに光は収まるが、男たちは突然の事に驚きの声をあげる。

 エントランスはシャンデリアが無効化し、スポットライトが真下の床を照らすだけの薄暗いものとなる。
 オレとクロロは降り立ち、右と左にわかれ攻撃を仕掛ける。

 オレは降り立ったすぐ傍、目をつぶっている男の腹に向かって蹴りを入れる。
 油断していたその男はガードが間に合わず、くの字に体を曲げ後方に向かって飛んだ。
 男は吹き飛んだ先の壁にぶつかり、一回バウンドして崩れ落ちる。意識は摘み取ったようで沈黙する。
 特に念をこめずに蹴ったから死んではいない。

「てめっ!」

 右側にはもう一人残っており、まぶしさから回復した男が懐に手をいれ、銃を取り出し銃口をこちらに向けようとする。だが、動きは遅い。
 袖口の小刀を投げつける。
 即効性の痺れ薬を刃に塗りこんである、特製品だ。
 銃口が完全にこちらを向く前に、その腕にささる小刀。
 銃は引き金を引かれることなく、地に落ちた。
 痺れ薬はすぐにその男の体を蹂躙する。
 声を出して助けを呼ぶことも出来ずに、その男は膝を突き、そして倒れた。

 次の奴をと振り向いてみれば、すでにクロロの手により4人の物言わぬ物体が転がっている。

「殺してはいないのか?」

「オレはただの引きこもりだって。何を期待しているんだよ……」

「情報操作力があって、戦闘力のある引きこもりなら、何でもアリだと思うが」

 ああ、でも。
 と意地悪な微笑を浮かべクロロは続ける。

「最近痩せてきてはいるが、引きこもりの名にふさわしい体格ではあるな」

「うるさい!このイケメン!」

 クククと笑いながら、クロロはエントランス中央の階段を登っていく。
 ターゲットの私室は2回左端の部屋だ。

「いくぞ」

 クロロの後を追い、オレも2階へとあがる。
 緊張はしていない。逆に余裕さえあるぐらいだ。
 そして、少しだけある高揚感がオレの足を軽くしていた。
 





 その後も、何回か戦闘となったが、あっさりと片付けていく。念の存在も知らないような奴らばかりで、進行速度をほとんど落とす事なく屋敷の中を駆ける。
 念能力者は侵入者に気がつき当主などの要人に張り付いて護衛しているのかもしれない。
 そう予測が立つほどに出会わなかった。

「ここだね」

 ひとつの扉の前で止まる。
 ガチャリとドアノブをひねるが、回りきらずに途中で抵抗を感じる。
 鍵がかかっていて、ノブが回りきらない。
 屋敷の中まで鍵をかけるなんて、用心深い事だ。
 だけども、用心深すぎることが災いと化している。
 オートロック制のそのドア。

 オレは、グーイの羽を一枚抜き、ドアへと吸い込ませる。
 グーイの抜いた羽も同様に、機器類を変化や破壊する作用を持つ。
 難なく、がちゃりと音をたて開錠された。
 オートロックではなく、原始的な鍵であったなら能力の範囲外だったのに。
 そう思ったがその時はドアを突き破ってすむので、変わらなかったのかもしれない。



 開かれた扉の向こうには、二人の男がいた。
 片方はターゲットであるグスタフ=バークレイ。
 そしてもう1人は見知らぬ男だが、ターゲットの前に立ち庇っている様子から護衛だろう。纏(てん)をし、ひたすらこちらを警戒している。

「お前らは何者だ」

「……お逃げください。ボス」

 男は脂汗を顔からにじみだしながら、グスタフを奥の扉へといざなう。
 念が使えるゆえに、クロロとの歴然とした力の差というのを感じ取ったのだ。

「若造が二人だけじゃないのか」

「彼らは強く、自分では適いません。早くお逃げを」

「オレとしては逃げられる訳にはいかないのだが?」

 クロロはナイフを取り出し、グスタフを始末すべく歩き近寄っていく。
 ターゲットを目の前にし、殺気を全開にして隠そうともしない。
 味方であるはずのオレまで緊張してしまうぐらいに恐ろしい。

 考えてみればクロロの全開の殺気を感じるのは初めてだ。
 なぜか彼は最初から割りと好意的で、ほんのり殺気を混じらせる事はあっても、全開で出してくる事はなかった。
 じっとりと手に汗が染み出る。
 今更ながらに、恐ろしい人間とトモダチになってしまったものだ。

「時間をなるべく稼ぎます。早く!」

「わ、わかった」

 若造と言っていたグスタフもただならぬ殺気を浴び、ようやく目の前にいるのが恐ろしい猛獣だと気がついたようだ。顔を真っ青に染め、じりじりと後退していた。
 そして護衛の言葉を皮切りに、オレたちに背を向け逃げ出した。

「ラクルっ!」

「了解!」

 オレはクロロの意図を読み取って、グスタフを追いかけようと飛び出した。
 護衛の男がソレを阻止しようとするが、クロロが切りかかり足止めされる。
 念が使える護衛だが、クロロが遅れを取る事はないだろう。完全に任せる事にし、横を通り抜ける。
 そしてオレも、グスタフの逃げ込んだ奥の部屋へと足を踏み入れた。





 移動した部屋の先。
 グスタフは中央にたたずんでいた。
 もうひとつの廊下に続く扉に向かいたかったのだろうが、人影がひとつ立っており進めないでいた。

 さらさらのストレートの長い髪。そして長身の男。
 ネコ目のとても見覚えのある……。

「アニキ?」

 何でここに?

<ボツネタ>