※ 本編(なろう様)の14(熱帯夜の珍事)の後あたりの話です
<シャルナークからの誘い>
「遊びにいこーぜ」
テンションが高いのか、少しいつもより高めのシャルナークの声。
オレとシャルナークはスタ○のカフェテラスに座っていた。シャルナークはオレに奢らせたテイクアウトのジュースを片手に持って、そう言った。
普通ならおかしくないはずの台詞だが、何故だろう「今言う台詞?」としか思えず溜息をこぼす。
というのも、つい1時間と少しほど前にかかってきた電話で「1時間後にXXXどおりのス○バにて集合! 遅刻したらそっちのおごり。来なかったら貸し一個ね」と半ば強制的に、目の前の小悪魔に連れ出されたわけである。
本来ならば、最初にこの台詞がきて是非を聞いてから、待ち合わせ場所となるんじゃないのか? とおもうけど、相手は常識が通じる相手でもないし、苦情を言って受け付けてくれる相手でもない。
オレには溜息をこぼすぐらいしか、できないのだ。
「……別にいいけど何処へ?」
ここまで出てきて、否という意味もなく。
ついでに言えば、特に予定もなかったので脱力しながらも答えた。
だが、オレは脱力するのが早かった。
これは、シャルナークという小悪魔と「遊びに行く場所」を決めるまでのエピソードである……。
「ナンパっ!」
「はあああああ? イヤだよ。んなもん。どう考えても、オレタダの引き立て役じゃないか」
「もとよりそのつもりだし。それに2人のが成功しやすいんだ。女は大体2人で行動するしね」
「引き立て役ってところぐらい否定しようよ……」
「だってオレのがカッコイイし、ラクルはおでぶだし仕方ないよね」
「……とにかく断る」
「しょうがないなぁ。んじゃ、どっかに盗みにでも行くか」
「……なんで盗み?」
「暴れまわれて楽しくない?」
「楽しくないから遠慮したい」
「なんだよ。ラクルわがままだなぁ。ナンパもダメ、盗みもダメって。ダメダメづくしじゃないか。んー。それじゃあ、パドキアの国データハッキングしてみる?」
「一応聞くけど、何のため?」
「スリルを楽しむため。今のところパドキアでの仕事の予定もないしね」
「お・こ・と・わ・り・で・す」
「はぁああ? いい加減わがまますぎる。面倒になってきた!」
「いやそれ、絶対オレのせいじゃねーから! んなら、シャル付き合え!」
「何すんの?」
「ア○バに行く! 見つかりにくい盗聴器っていうのを作ってみようかと思ってさ。材料の買出しに行きたかったんだよね」
「オレこの前行ったんだけど」
「誘ってくれればよかったのに。でもまあ、オレは行ってないし。行きたいし。な。行こうよ」
「しょーがないなー。仕方ないから付き合ってやる」
やれやれと、シャルナークは残ったジュースを一気に飲み干し席を立った。
「くれぐれも、途中でナンパするなよ」
「しない、しない」
「したら携帯番号こっそり変えるからな」
「ぐ……。何で分かったんだよ」
「前その手使っただろ……」
「そうだっけ? ま、行くか」
こうしてス○バを後にし、電気街へと繰り出した。
オレもシャルナークも物作りは結構好きだし、電気機器にも強い。お互いにアレが好き、これが優秀。これはダメとか意見を言い合いながら、店々を回った。
途中で「ああいうのラクルに似合いそう」と、メイドのコスプレを写真に収めるオタクを指さされたときはコメントに困ったが、楽しい買い物だった。
口は悪いが同じ趣味の友達とはいいものだと思う。
<クロロからの誘い>
「元気そうだな」
「とりあえず元気だけど、どうしたのさ?」
コーヒー豆をガリガリと削るためキッチンに立ちながら、リビングのソファーに座るクロロと話す。
同じ室内だから声は通るが、ちょっと距離があるので自然と少し声が大きくなる。
我が家の場所を教えて以来、彼はちょくちょくと訪れる。その理由はコーヒーを飲みにとか、土産を私に来たとか、仕事の依頼など様々だ。
特に害もなさそうだったので、オレも連絡さえいれてくれれば来るのを許可している。
今回はコーヒーを飲みにとのことらしい。
なかなかにコーヒー通な彼は、「下手な店よりここのコーヒーの方が旨い」という。当然だ。豆引きで入れたて、加えてゴトーの(ここ重要)こだわりの豆。これでまずいわけがない。
「シャルの遊びは、お子様にはハードじゃないかと思ってな」
特に本を開くわけではなく、ソファーに深く腰掛けているクロロ。
彼の台詞にはしっかりと心当たりがある……。
先日シャルナークにいきなり呼び出され、遊びに誘われたのである。誘う、という文字が当てはまるのかは疑問なところだが。
「お子様じゃないっ! だけどまあ、シャルの提案は乗れないものばっかりだったよ。当然のように言ってくるし。
蜘蛛の中では、盗みって遊びになるの?」
「そうだな。ノブナガやウヴォーあたりなら、一般的な遊びよりはそっちの方が楽しがるだろう。拷問を遊びのジャンルにしている奴もいるしな」
拷問……、フェイタンか。あれは趣味であり遊びであり、そして実益か? でもシャルナークがその思考はなくて良かった。
「シャルも時々あいつらに誘われて盗みに行っているから、つるんで行くならそういう場所っていうことなんだろ」
さすがは旅団というコトなのだろう。
なるほどねーとうなずきながらも、手は動かす。
フィルターをセットし、湯を入れる。
豆とフィルターを通って芳香な香りとともに、コーヒーカップに黒い液体がたまっていく。
マグカップは来客用に買ってきた新しいもの。
家族やゴトーに出すコップは、洗ってはいるものの毒が残っていたら申し訳ないと、新しく買ってきたのだ。
「後はナンパだったか。シャルもクロロ誘えばいいのに」
「まれに一緒に行くぞ? だが女がひとりずつになると物足りなくてな。オレがあまり誘いにのれんのだ」
「何が物足りないんだか……」
「なんだ? 詳しく教えて欲しいのか?」
にやりと口端をあげ、クロロは不敵に笑う。
「いらんわ。このイケメンが」
クロロならばナンパなんぞしなくても、確かに女の方からよってくるだろう。1人にとどまらず、何人でも。
イケメンとは得なものだ。
「ふ。褒め言葉だな」
ニヤリと笑うクロロに、手に持つコーヒーを投げつけてやろうかと一瞬思うが、掃除するのは結局自分である。
溜息だけにとどめ、クロロにコーヒーを渡し、対面側のソファーに座る。
「結局ナンパは断って、一緒にアキ○に行ってきて電気部品見てきたよ。シャル詳しいから、いろいろと違った意見聞けて楽しかった」
「健全だな」
「まあたぶん。途中何回かシャルが商品を盗っていたけど」
「それは仕方ない。オレ達は盗賊だからな」
「確かに」
一息ついたところで、自分の分のコーヒーを口にする。
いつものごとく香り高く、苦味のきいたコーヒーの味。
煎れたては、やはりおいしい。
クロロは表情変えずにコーヒーを飲んでいる。
最近わかってきた。
何も言わずに飲んでいるのは、美味いと思っているのだと。まずいと思った時は、一言いうか、二口目は口にしない。だからもくもくと飲みきるのは、おいしいと思っているのだ。
っていうか、それがわかるほど彼にコーヒーを入れているという事実は少し寂しいが……。
「しかし、ミルキと一緒に買い物か。それも一興かもしれん。今度一緒に本屋でもいくか?」
コーヒーを飲み終え、クロロはふと思いついたように、よく分からない提案をいきなりしてくる。
「……拒否権は?」
「ないな」
ニヤリと笑うクロロに、オレは思った。
きっとトップがこうだから、部下のシャルがああなるんだ。と。
他の旅団にまだあったことはないが、もし出会うことになってしまったら、13人のわがままに拒否権なしで付き合う可能性が見えて、ぶるりと震える。
絶対、旅団の奴らには会いたくないと決意をあらたにするのであった。
<未来の一枚の葉>
〜♪〜♪♪
着信を告げる音に、携帯のディスプレイにクロロの文字。
顔をしかめ、思わず居留守を使おうか悩む。ああ、だめだ。そんな事しても我が家に来られたらすぐにばれてしまう。
それに気がつかないフリもずっと出来るものではない。
着信音はすでに一分近くなっている。
これは本格的に用事があるらしい。
しぶしぶと諦め、通話ボタンを押した。
「本屋ならいかないよ!」
何を思ったがしらないが、いきなりのシャルナークからのお誘いがあり、それを面白がったクロロも一緒に遊びに行こうと言い出したのはついこの前のこと。
有言実行とばかりに、次の日に本屋めぐりに行く事になった。
自分も本は嫌いじゃないし、わりとよく読む。だから気軽に出かけたのだが……。
完結にいおう。クロロと本屋巡りはするものじゃない! と。
まあタイミングも悪かった。
せっかくだからとカ○ダに行ってみれば、古本祭りというイベントの真っ最中。
メインどおりには人があふれ、フリマのように青空の下に、所せましとおかれたかび臭さの残る古書の数々。
人ごみは確かにすごかったが、進めないようなものではない。だがオレ達のスピードは亀よりも遅く、1時間で前に進める距離は大体10歩分がいいところ。1時間でだよ?
その原因の一旦どころか、すべてがクロロの所為。
ただ書店の中を見るだけでも時間がかかるのに、プラスしてフリマの古書が加えられ更に時間がかかっている。
書店の方は前見たから、それほど時間はかからない。との事だが(それでもすごく長い)、フリマの方は普通の書店とは違う品揃えで、とても楽しそうに時間をかけてみている。その結果がこの亀以下の歩み。
まだまだ昼は暑いと、早朝に行って昼ぐらいに帰ってこようと思っていたはずなのに、本屋なんてものは2時間もあれば充分だという認識だったのに。
2時間でまだ序盤も序盤。先が延々と遠くにありすぎて涙が出る。
単に待っているのも、楽な作業ではない。
クロロは気に入った本があれば、とたんに彫像と成り果てる。
その整った容貌の彫像に女が群れる。無駄に人口密度が上がる。人ごみの嫌いなオレは何度クロロをおいて逃亡しようと思ったことか。
加えてマレに女のやっかみにあったり、陰口をささやかれたりと、ウンザリの気持ちは更に増長。
だけど計画してか、無意識か。クロロは購入した本を「後日読みに行くから、お前の部屋に置いておけ」と手渡してくる。
……計画してだな。いわゆる荷物もちもかねているわけだ。無駄な事に知能使いやがって!
そしてオレは、「何しにきたんだっけ?」と自問し、「これって遊びに来たとは言わねえ!」と憤怒し、最後には涙目で「もう何でもいいから帰りたい」と訴えるに至った。
結局とっぷりと日がくれるまで、付き合うことになったわけだが……。
その時には「もう二度とクロロと本屋巡りはしない!」と心に誓っていた。だが「また誘う」という悪魔の言葉に思わず顔を青ざめたのだった。
そんな事もあり、クロロの電話を受けるのに躊躇してしまった次第である。
オレの訴えにクロロは電話口の先で、くつくつと笑う。
『そんなに嫌だったのなら、誘わないから安心しろ。今日はその案件じゃない』
“そんなに嫌だった”という状態だったので、ほっと胸をなでおろし、椅子の背もたれに体重をあずける。
「それじゃ、何?」
『調べて欲しいことがある。
蜘蛛の8番が今欠員でな。めぼしい念能力者をリストアップしてほしい。急いでいないから時間はどれだけかかってもいい。暇なときにやっておいてくれ』
「ああ。なるほど」
旅団の8番を殺したのは我が父親だ。欠番がある事は知っている。
確かにあれから大分時間はたっているので、そろそろ補充をという声が上がっていてもおかしくはない。
『お前自身が8番になってくれてもいいぞ?』
軽い口調で、とてもじゃないが本気とは思えない。
本気で言われても困るけど、オレ自身で旅団に入るほどの価値がないことは分かっている。そんな冗談に惑わされる事はない。
「面白くないよ。その冗談」
『だろうな。どんなジャンルの念能力でもいい。適当にリスト化してくれ』
「……わかった」
うなずいたものの、どうしようかと思う。
引き出しの奥から一枚の紙を取り出し眺める。
そこには1人の女性の個人情報や、現在の所在地など。いろいろと調べたことがまとめて書いてある。
今はまだクロロにその存在を知られていなく、未来におそらく8と書かれた蜘蛛のイレズミをする事になるだろう、その存在。
まさか、こういう風に情報を求められるとは思わなかった。
適当にどこかで出会い、勧誘すると思っていた。
もし自分がこの女性の情報をあえて外したら、違う人間が旅団に入るのだろうか?
一瞬そんな考えが浮かぶが、わざと未来を変えるメリットはなく、デメリットとしては仕事に不十分な結果になる。何もいい事がない。
おそらくオレはクロロの要望どおり、めぼしい人物を洗い出し、その中の1人として彼女のデータも加えるだろう。
その結果、クロロは彼女を選ぶ気がする。
それが分かっていても、いらぬ手間作業をする事になると分かっていても、今ピンポイントで伝える気はない。
オレが未来の可能性の1葉を知っていることは、誰にも言えない。
知っている理由が言えないから。その理由は、オレが偽者だと明かすのと同義なのだ。
「調べたら連絡する」
『頼んだぞ。とりあえず、それは明日からにしろ。
今オレはパドキアに来ていて、1人で晩飯も味気ない。付き合え。90分以内にXXXXXまで来い』
「は?」
何か良く分からないが、デジャヴを感じる。
『待ってるぞ』
そしてオレの答えを待つこともなく、切れる電話――。
「……・。旅団のやつらわああああ!!!!」
と1人部屋で叫びつつ、あわてて支度を始めるのであった。